
| 週刊三軒茶屋 第60号 著作:フジモリ 公開日:2005/09/05 『数奇にして模型』考察 その3(ネタバレあり) | |
(註:今回の記事も森博嗣「数奇にして模型」のネタバレです。未読の方はご注意ください) (これまでのあらすじ) 森博嗣のミステリィ、S&Mシリーズ9巻である「数奇にして模型」。(フジモリの書評はこちら)この小説の解釈をめぐり、「三軒茶屋」読者のスレイヴさんからメールをいただきました。 「事件の「黒幕」は紀世都であった」という考察。 非常に説得力あるものでした。 フジモリの考察を返信する前に、アイヨシの意見を仰いでみることにしました。 アイヨシの考察も非常に説得力があり、イソップ童話ではないですが「フジモリの意見がなくなった」状態に(笑)。頭を絞りながら、フジモリなりの観点で「数奇にして模型」考察を行ないました。 (メール掲載・編集は、スレイヴさん、アイヨシの許可をいただいております) | |
| 2005/4/16 フジモリ→スレイヴさん
遅くなってすみませんでした。フジモリの「数奇にして模型」考察を。 フジモリはこの物語を、素直な真相、つまり、 1.寺林は筒見紀世都のメス型を取りたかった。 2.偶然、筒見紀世都の妹(明日香)の死体を見つける。 3.妹の首を使って本番への「練習」を行おうとする。 4.本番。筒見紀世都を殺害、メス型を取る。 5.本来の目的が「筒見紀世都のメス型を取る」というものであったのに、「人間のメス型を取る」という目的に摩り替わってしまう。 6.萌絵の殺害を決意、失敗。 ということだと考えています。 スレイヴさんの考え、「筒見紀世都は自らの型を取られたがっていた」という仮説ですと、本文中からは 1.一連の事件が偶発的な事件である筒見明日香の死から始まったことに対する寺林の犯行の突発性、場当たり性 2.寺林が萌絵の型を取ろうと殺害を決意したこと 3.なぜ筒見紀世都が自分の型を取ろうと思ったかという理由 の説明がつかなくなります。 2については、筒見紀世都が事件の首謀者である前提ですと、寺林と協力し、もっと寺林に有利な状況で殺害されると思います。 (アリバイを作るなど) 以上から、今回の事件の首謀者は寺林の単独であることを推測しました。 では、スレイヴさんの疑問に対し、フジモリが加えた以下の妄想をふまえ回答していきます。 1.筒見紀世都の遺書の意味。 「首を切ったやつが、今でも立っているよ」 作中では萌絵や犀川が「首を切ったやつ」を「犯人」あるいは「凶器」と解釈していますが、もう一つの解釈があります。 それは、「首を切ったやつ=明日香の身体」という考えです。 「カレーライス」を表現するときに、「カレーをかけたライス」という表現は正しいものです。この場合、「カレーをかけた」主体は料理人であり、ライスは「かけられた」客体でありながら、「カレーをかけたライス」という表現が成立しています。 これと同じく、「首を切ったやつ」は「首を切られたやつ」と同義という解釈もでき、その場合「やつ」は「首なしの明日香の身体」と読むこともできます。 2.明日香の模型の隣に立っている男性 これを作成し、小屋に配したのはおそらく、筒見紀世都でしょう。しかし、「首を切ったやつ」が「明日香の身体」だとすると、隣の男性は実行犯=寺林でないという解釈ができます。この男性は、筒見紀世都だと考えています。それはなぜか? 3.「好きにしてもOK」の意味 「筒見紀世都は妹のことを愛していた」 これがフジモリの妄想です。 寺林は「明日香と萌絵の共通性」を指摘しなおかつ萌絵を殺して型を取ろうとしました。これは明日香と萌絵両方とも「人間性」が希薄なある種「人間離れしたキャラクタ」であり、フジモリが週刊さんちゃで特集記事にしている「キャラクタに対する「萌え」」に近い感情であると思います。 筒見紀世都は明日香と萌絵の共通性に気付いているのでしょう。 萌絵に積極的に関与しようとしてきました。これは明日香に対する感情の代替行動だと思います。しかし、明日香は上倉に殺害されてしまいます。 愛する妹を失った筒見紀世都は寺林にこう言います。 「僕を殺してくれ。僕の死体は『好きにしてもOK』」 積極的に寺林と共謀し寺林をかばう必要がないのは、自分の死後寺林がどうなろうと筒見紀世都には興味がないからです。 (型を取ることが目的だとすると、型を取るまでの時間稼ぎのためになにかしらの共謀作業が必要になる) 4.「保険」とは?エピローグの意味とは? 遺書に書かれた「保険」、これは、 「自分が死ななかったときのため」 あるいは、 「死後二人が一緒にいられなかったときのため」 に模型を「ヒトガタ」として自身の思いを託すための行動ではないでしょうか。 小屋の隣には、「教会」が建っています。 教会は、「婚姻」を表わすと同時に、「死後」も意味しています。 以上、長々とまとめてみましたが、スレイヴさんの疑問の解決に役立ちましたでしょうか。理論には多分に妄想も含まれておりますので(笑)、またご指摘いただければ幸いです。 今回のスレイヴさんの仮説、これを「真実」としてもほぼ矛盾がない、非常に面白い考えでした。 そして、フジモリの「考え」、アイヨシの「考え」、スレイヴさんの「考え」、様々な「解釈ができる」森ミステリィの奥深さを考えさせられました。 数ある書評サイトの中からフジモリをご指名いただき、感謝のきわみです。 これからも「三軒茶屋」を宜しくお願いします。 | |
|
・・・というわけでフジモリのフィールド「萌え解釈」に持ち込んでみました(笑)。 とはいうものの読み方自体は非常にストレートなものであります。(ただ、web上の他の書評を読むと「手紙」と「模型」の関係など、スレイヴさん、アイヨシ、フジモリのように深く突っ込んだ考察が少ないように見受けられますが・・・) これでスレイヴさん、アイヨシ、フジモリの考察が出揃いました。 で、フジモリの考察を送信した後、再度スレイヴさんからメールをいただきました。 (「数奇にして模型」考察その4に続く) | |
|
<もくじ> 「数奇にして模型」考察その1 「数奇にして模型」考察その2 「数奇にして模型」考察その3 「数奇にして模型」考察その4 |