週刊三軒茶屋 第20号 著作:アイヨシ 公開日:2002/10/14

可能性×可能性=やっぱり可能性

 コリン・デクスターという作家がいます。この作家、海外ミステリ作家としては、人気・実力ともにトップの作家として知られています。アイヨシも大好きです。

 彼の作品で活躍する探偵はモース主任警部です。このモース警部、ミステリの本場イギリスで、あのシャーロック・ホームズをしのぐ人気を誇っていたりします。
 その推理ぶりは、ときに読者に衝撃を与え、ときに涙を誘い、そして大抵の場合、読者を困惑させます(笑)。

 なにしろこの警部、警察官のくせに物証を軽視して、推理の過程でその裏づけをウッカリすることがしばしばで、地道な捜査を面倒くさがって部下に押し付けるのは当たり前、そのくせ、僅かな物証から仮定する推理の鮮やかさは他の追随を許さない、という天才肌の困った名探偵なのです。ハッキリ言って嫌な奴ですが、情にもろい(特に女性に対して)ところもあったり、繊細で神経質な内面のため私生活は不幸だったりと、なかなか憎めないキャラクタです。

 モース警部は、事件が発生するとすぐさま推理して答えを出しますが、それを否定する証拠が発見されるとまた新しい推理を展開し、それが否定されるとさらに推理し…と、推理の構築と破壊・再構築が何回も繰り返していきます。したがって、読み終わった後、物語の真相を覚えていないことがよくあります。真相以外の仮説の方が魅力的なことも珍しくないので当然の結果ともいえます。そんなミステリが面白いのか?といいますと、最高に面白いのです。結局のところ、真相がどうというよりも、モース警部のキャラクタ・思考方法こそが作品の読みどころだといえるでしょう。

 そんなモース警部が登場する記念すべき第一作が『ウッドストック行最終バス』(ハヤカワ文庫)です。これに出てくる面白推理がこれです!

ノース・オックスフォード(在住)?

10,000人

成人男子?

2,500人

35〜50歳?

1,250人

妻帯者?

1,000人

酒飲み?

500人

(知能が)トップの5パーセント?

25人

魅力?

15人

車?

10人

赤い車?

1人

(同書p146を参照して、アイヨシが表にしました。)


 となって、見事に犯人を特定するための条件が確定されました…って、見てのとおり、ハテナマークが多すぎます。物語が100ページ以上進んでいるというのに、客観的証拠に基づいたものがほとんどありません。おまけに、推理とプロファイリングがごっちゃになってます。この面白さの真価は実際に読んでもらわないと分かってもらえないと思いますので、未読の方には熱烈にオススメしますが、こんな推理ばかり検証させられていては、部下はたまったもんじゃありません(事実、泣いてます)。

 まあ、真面目にコメントしますと、不確定な条件をいくら列挙してそれを検討しても、あくまで可能性にすぎないのでしっかり捜査しましょう、ということだと思います。

 もっとも、モース警部は、反証を挙げられればあっさり自説を翻しますし(その後、すぐに新たな推理をして、また苦しむことになりますが・笑)、あくまで推理小説内の出来事なので、安心して笑っていられます。

 ところが、現実の世界でこれをやられたら笑えません。で、笑えない事例があります。

 元裁判官の渡部保夫・著『刑事裁判を見る眼』(岩波現代文庫)に紹介されているものです。弘前事件と呼ばれる、昭和24年に発生した殺人事件で、一人の青年に有罪判決が下されました。ところが後に真犯人が名乗り出て、再審(やり直し裁判)で無罪となった事件です(真犯人には時効が成立していました)。

 この事件で、有罪の決め手となったものに、有罪となった青年が所持していた海軍シャツに付着していた、人血と思われる汚れの鑑定結果があります。

 被害者の血液型をABO式、MN式、Q式、E式という4つの検査方法で検定した結果、「B M Q E」という鑑定結果が出ました。そして、海軍シャツについている人血らしき痕について、同じく4つの検査方法で鑑定を行った結果、それぞれ、「B M Q E」という結果が出ました。

 で、B型の人間は20%、M型の人間は30%、Q型は33%、E型は87%ということで、「B M Q E」という血液型は全体で1.5%という計算になります(つまり、被害者の血液である確率が98.5%)。この数字を無視するのは難しいでしょう。そんなわけで有罪となってしまいましたが、しかし、これは冤罪でした。

 どうしてこういうことになったのか?考えられる大きな理由として、@検察側が被害者の血液のついたシャツという証拠を捏造した、A鑑定が不正確だった、の二つが考えられますけど、いかに昔の事件とはいえ、寒気がします。"疑わしきは被告人の利益に"の原則を守って欲しいものです。

 こうした冤罪事件の再発防止の対策など詳しいことは『刑事裁判を見る眼』を是非お読み下さい。この本は、日本の刑事裁判の現状と問題点、改革の方向性を、分かりやすい言葉で語っている名著だと思います。オススメです。

(2002年10月6日記)



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