
| 週刊三軒茶屋 第19号 : アイヨシ ネタのタネは国境を越えて異なる花を咲かせる! |
マンガ界にはこんな説がある― 地上には常に、多数のアイデア波が、 宇宙線のように降りそそいでいるという― それを敏感な人間や波長の合った人間が、 おのおのキャッチして作品にするというものだ!! (島本和彦・著 小学館『吼えろペン』(※註1)第4集p23より引用) 英社文庫の2002年5月の新刊はアイヨシの琴線に触れる傑作ぞろいでした。東野圭吾『白夜行』、佐藤賢一『王妃の離婚』、清水義範『迷宮』などなど。いやあ、まさに豪華ラインナップでした。 そして、新井素子『チグリスとユーフラテス』。詳しいことは別に書評してますのでそちらを参照してほしいのですが、とにかく、これはよかったです。 生殖能力を欠いた者の増加によって衰退の一途をたどり、ついに〈最後の子供〉だけになった惑星ナインで、最後の子供と、その子供に冷凍睡眠から目覚めさせられた人間たちによって語られる、生きることの絶望と希望…といった感じ物語です。惑星ナインの年代記は現在から過去へと逆さに語られていくのですが、物語の焦点はお先真っ暗の未来という、底知れない奥行きの物語です。 ただ、読んでて、「どこかで似たような話を読んだ記憶が…」と思いました。で、記憶を掘り起こしてみますと、見つかりました。『人類の子供たち』(※註2)です。著者はP・D・ジェイムズです。 2021年、世界中でなぜか子供が生まれなくなり4半世紀が過ぎた絶望と無気力が蔓延する社会で、過去だけを見つめて生きてきた歴史学者のセオは、やがて人類の終末と未来に向きなうことになる…。『人類の子供たち』はこんなお話です。まあ、「子供が生まれなくなった社会」という設定以外は、両作品は実は全く似ていません。 新井素子はSF作家で、その特徴ある一人称の文体は、ある意味"あたし"小説の頂点を極めているといえます(笑)。 一方、P・D・ジェイムズはイギリスの作家です。『人類の子供たち』はSF分類されると思いますが、本職はミステリ作家です。現代本格ミステリの代表選手の一人で、クリスティーの後継者、新しいミステリの女王と呼ばれることもあります。その作風は、「作品全体には常に暗いムードが漂っている。また、残酷で意地の悪いところもある。男でも女でも、俗物人間を徹底して軽蔑の眼でとらえている」(瀬戸川猛資・著 創元ライブラリ「夜明けの睡魔」p27)という、非常に好感の持てる作家(笑)で、常に高いレベルで安定した作品を発表しているため、安心して読むことができます。 そんなわけで、二つの作品は「子供が生まれなくなる社会」といった共通点はあるものの、その他は全く違った作品に仕上がってます。設定からプロットまで、ハッキリ言って全然違います。『スター・ウォーズ』と『銀河英雄伝説』(※註3)が、デス・スターとイゼルローンといった類似点があっても全くの別物で面白い作品であるのと一緒です。 …だったら、なんでお前はこんなモノを書いているんだ?というツッコミには、返す言葉がありません(笑)。ただ、アイヨシが個人的に、面白いな、と思っただけです。ここまで違うとホントに見事です。 で、以上のことを踏まえまして、両者の発表時期などを比べてみますと、『人類の子供たち』は同書の解説によればイギリスで1992年に発表されています。対して、『チグリスとユーフラテス』は1996年から雑誌連載が始まっています。しかし、あとがきによれば第一稿はその3年前に書いているらしいですから、まさに、アイデア波の賜物といえるでしょう。このように、アイデア波は存在するのです!! …いや、面白い作品だったら、どんな手段でアイデアを捻り出しても構わないんですけどね(笑)。 (記2002年8月18日) |
※註1 『吼えろペン』 小学館の月刊サンデーGX(「ジェネックス」と読みます)で連載されているマンガです。作者は島本和彦。主人公のマンガ家・炎尾燃(ほのお・もゆる)とそのアシスタントたちのマンガにかける情熱をつづった熱血爆笑業界ネタ物語です。特撮ヒーローものの話題が妙に多いのがウリだったりします(笑)。『燃えよペン』(メディアファクトリーから文庫版で発行)の続編っぽい感じになってますが、アシスタントなどの登場人物や作中の連載雑誌などの設定が変更されています。ただ、基本的には同じノリです。 本文で引用している文章は第4集の「第13話 必殺したいあいつ」からのものですが、この話は雑誌連載時とコミックス収録時ではラストが変わっています。個人的には雑誌連載時の方が好きですが…。 ところで、第4集で笑ったのが「第16話 15年目の企画」。全然マンガの書けないグラビア・アイドル桃香のマンガ家デビューを炎尾が無理やり手伝わされるというお話ですが、このアイドルは全くマンガが書けず、そのくせ野心だけは持ってて、炎尾は窮地に陥ります。そこで、炎尾は禁断の必殺技を授けようとします。 炎尾 キミの一番好きなマンガは………? 桃香 えーと…………今だったら『犬夜叉』です!! 炎尾 だったら……それをそのまんま書けいっ!! 桃香 え……ええーっ!?だ、だってそれじゃあ盗作に…… 炎尾 キミが描いても……元ネタなど判別はつかん!おそらく「全く違う作品」になる!!これは未熟な新人の時だけ、許される大技だ!「実は有名作品のパクリだけど、下手だから別の作品にしか見えない」というジャンルだ!!このジャンルは、意外と、そのまま大ヒットに結びつく可能性もはらんでいる…… (『吼えろペン』第4集p177〜179より引用) ……… いや、大笑いしましたが、類似作品と盗作の境目は微妙な問題ではあります。しかし、そんな難しいことは分からないので(コラコラ)、また次の機会に。 蛇足のついでですが、第5集「そしてアイデア出しは終わった」p152の『煮つまったの?』というセリフは、『行き詰まったの?』の間違いだと思います。広辞苑によれば… 煮詰まる…議論や考えなどが出つくして結論を出す段階になる。 行き詰まる…物事が、困難に出会って、先へ進まなくなる。 ということになっています。テレビでもよく聞く間違いです。どうも、"詰まる"という言葉にネガティブなイメージを持ってしまうためのようですが、煮物が煮詰まる状態を連想できる自炊生活人としては我慢のならない日本語ミスです(笑)。編集さんに警告。 |
※註2 『人類の子供たち』 原題:The Children of Men 作者:P・D・ジェイムズ(P・D・James) 訳者:青木久惠 出版:ハヤカワ文庫 装丁:カバーデザイン 菊地信義 初刊:1992 定価:740円+税 ISBN4−15−076613−4 本文中でも触れましたが、P・D・ジェイムズはミステリが本職ですので、SFである本書は異色作といえます。ですが、別にこれは奇をてらったためではありません。人が死ぬところから物語が始まるという特質を持つミステリを多数書いた作者が、あえて、人が生まれなくなった社会をいう舞台装置を用いることで"生きる"ということを、死というアプローチからではなく、正面から描こうとした結果が本書だと思います。 ですから、P・D・ジェイムズ作品を未読の方は、本書を読む前に他の作品を数冊読むことをオススメします。その際、もっともメジャーな作品に女性探偵小説の嚆矢である『女には向かない職業』(ハヤカワ文庫)があります。しかし、この作品は、P・D・ジェイムズのライフワークである詩人探偵アダム・ダルグリッシュ物を裏から書いた物語であるといえます。というわけで、最初に読む作品としては、無難ながら処女作品の『女の顔を覆え』(ハヤカワ文庫)が良いと思います。 |
※註3 『スター・ウォーズ』と『銀河英雄伝説』 一番初めの『スター・ウォーズ』の劇場版がアメリカで公開されたのが1977年です。 対して銀河英雄伝説の第一巻は1982年に初刷ですから、発表時期は『スター・ウォーズ』の方が早いようです。 しかし、これだけでは創作時期の目安にはなっても決め手にはなりません。作中の役割も、デス・スターは戦術的な役割が主ですが、イゼルローン要塞は戦略的役割がクローズ・アップされてます。要は面白ければ良いという事ですね(笑)。 |