
| 週刊三軒茶屋 第17号 : アイヨシ ワールドカップとミステリ(下) (『神様』が書いたミステリ) |
日本と韓国の共催で行われたワールドカップはブラジルの優勝で幕を閉じました。ヨーロッパ勢の調子が今ひとつだったこともあって大会のレベル自体は少々疑問ですが、でも面白かったです。 (全然関係ないですが、オーウェンや稲本のことをマスコミが「ワンダーボーイ」と表現しているのを聞いて「イエフーディ師匠!」(※註1)と思ったのはアイヨシだけですか?いや、ホントに関係ないので気にしないで下さい。分かる人だけ分かる与太話です…。) そんなワールドカップを題材にしたミステリがあります。その名もずばり『ワールドカップ殺人事件』(※註2)。…何と胡散臭いタイトルでしょう(笑)。 ちょっと大きい本屋さんで、創元推理文庫のコーナーを何の用もないのにボーっと眺めていたときに発見しました。推理小説は何だって題材にします。どんな言葉にでも、"殺人事件"とつければ、それらしい書名になります。しかし、これはハッキリいってゲテモノだと思いました。ところが、ついでに著者を確認して、わが目を疑いました。ペレって…ペレ?!あのペレですか?! 本当か?と思って解説を見てみますと、さらにビックリ。何と解説を加藤久(元日本代表選手で元ヴェルディ川崎(今の東京ヴェルディ1969)監督)が担当しているのです。どうやら本当にあのペレのようです。 ペレ。本名、エドソン・アランテス・ド・ナシスメント。ワールドカップに3回出場して、その全ての大会で優勝チームに与えられる純金の女神像(ジュール・リメ・トロフィー)を手にしている、言わずと知れたサッカーの神様です。 そのペレが小説を書いた?天はニ物を与えたのか?しかし、なぜ推理小説?頭の中をたくさんのクエスチョン・マークが駆け巡ったので、これは読むしかない!と思って買いました。 本書はアメリカで1988年に発表され、1990年に東京創元社から翻訳されて出版されました。背表紙には著者名としてペレとしか書いてありませんが、4ページを見てみますと、"with Herbert Resnicow"と書いてありますので、おそらく共著なのでしょう。 舞台はワールドカップのアメリカ大会(この作品が描かれたのは1988年。実際にはアメリカ大会は1994年に開催されています)。開催国のアメリカチームは大方の予想を覆し決勝戦まで進出するが、その最中にアメリカのサッカー界に大きな影響力を持つプロチームのオーナーが殺害される事件が発生した。ワールドカップの取材をしていて事件に巻き込まれたスポーツ記者のマークは事件の捜査に乗り出す、というあらすじです。 で、読んだ感想ですが…、思ったとおりのサッカー礼賛小説でした(笑)。冒頭から他のスポーツとサッカーを比較しますが…。 アメリカン・フットボールは常人とは比較にならない巨大なスーパーマン同士がぶつかり合うゲームで、力と凶暴性を強調する点では戦争を報道するに等しい。 野球はワグナーの曲のように、退屈な何時間の間にきらっと光る瞬間がいくばくかちりばめられたゲームで、卓越した運動神経と筋力のバランスが要求されるにもかかわらず、五分間全力疾走しろと言われたら卒倒しかねない腹の出た男たちがプレーしている。 バスケットボールの動作は間断なく機敏だが、ひと握りの魔術師たちを除けば、メンバーのほとんどはバスケットの上方からボールを押しこむ巨人で構成されている。 (本書p28参照) と、アメリカの三大スポーツのファンが読んだら怒りそうなことを書いた上で、 サッカーは?そう、サッカーこそゲームのなかのゲームなのだ。スピード、体力、技術、理性、反射神経、ティームプレー、判断力、協調性、バランス、決断力―それらをあますところなくテストし―さらには、重量挙げなどとは種類が異なるが、力をもテストする。両足を交互に使い、ゴールめがけてボールを蹴り進めてくる敵にタックルするためには、フェイントにごまかされずに相手が意図するコースを正確に読みとり、利き足を相手の足とボールとの間に割りこませると同時に、ラフプレーで反則をとられないよう瞬間的に肩を相手の胸にぶつけて相手のバランスをくずさなければならない。それが簡単なことでないのは、自分より早くてうまいフォワードにタックルし、ぶざまにも大の字になって転がった数えきれないほどのデフェンダーが息を切らしながら実証するところである。 (本性p28〜29より引用) これはごく一部です。まだまだサッカーを褒めちぎっている箇所は随所に見受けられます。とにかく、「サッカーは素晴らしい、サッカー選手はすごいんだぞ!」という気持ちが嫌というほど伝わりすぎで困ってしまう本です(笑)。 そんなサッカーへの情熱をバックボーンとして、サッカーの世界最大の祭典であるワールドカップをとりまく政治と金、人種問題、勝利至上主義といった問題を浮かび上がらせています。これらの問題は、確かにペレの人生と重なるものです。やっぱり、かなりの部分を本人(ペレ)が書いたんだと思います(コラコラ)。 えっ?殺人事件?そんなものはどうでもよいです(笑)。犯人もトリックも、ミステリにちょっと詳しい人間なら容易に想像がつくでしょうし、そんなものを気にして読むだけ損です。本書は、サッカーを活字にしたらどうなるか?活字でサッカーの素晴らしさを表現するにはどうしたらよいか?が読みどころです。 物語の中で行われるゲームはワールドカップの決勝、アメリカ対西ドイツの一試合だけです(結果も予想通りです・笑)が、そこでのパスやトラップ、フェイントにシュートにタックルといった描写は、「サッカーはこう描けばよいのか」と素直に感心させられました。 ワールドカップも終わり、「あの感動をもう一度」とマスコミがいろいろとがんばっていますが、本書を読めばサッカーの見方がちょっと変わってくるのではないでしょうか?ということで、軽〜いオススメ本です(笑)。 (2002年7月4日記) |
※註1 『イエフーディ師匠』(本当に本文とは何の関係もありません・笑) NHK青春アドベンチャー(NHK−FMで22:45〜23:00)で5月13日から5月31日まで、月曜日から金曜日、計15回で放送していたラジオドラマ『ザ・ワンダーボーイ』(原作者はポール・オースター。もとのタイトルは『ミスター・ヴァーティゴ』というらしいです。)に出てくる登場人物のこと。ワンダーボーイと聞くたびに、心の中でひそかに笑ってました(笑)。 ちなみに、『ザ・ワンダーボーイ』がどんな話かといいますと… 『12のとき、初めて空を飛んだ。14のとき、二度と空を飛べなくなっていた。 1920年代のセントルイス。酒場で小銭を稼ぐみなし児・ウオルトが、師匠に拾われて他人の痛みを感じとれる真人間になる過程で、空を飛ぶという誰もなし得なかったことをやってのけた。各地を巡業し、人々を魅了…そしてすべてを失った。 現代アメリカ文学の第一人者・ポール・オースターの邦訳最新作『ミスター・ヴァーティゴ』は"空飛ぶ少年"の飛翔と落下の半生を描くファンタジー。躍動感にあふれた「ウオルト・ザ・ワンダーボーイ」の、目も眩むような喜びと喪失を生き生きと、そして切なく描く…』(NHK青春アドベンチャーのHPより引用) というものです。NHKにしてはきわどい冒険的な言葉が使われていたりして、楽しく聴けました。何より、ストーリーがいい!いいのか?こんなに死んで?(笑) イソップとマザー・スーが死んだときにはびっくりしました。そして、イエフーディの生き様(死に様)!本当にいいのかNHK!いいに決まってます!この調子でがんばって下さい(笑)。 それにしても、分からないのがイエフーディ。彼はどこでどうして空を飛ぶ方法を習得したのでしょうか?一回だけ聴きそびれたでですが、それが悪かったのでしょうか?ちょっとだけ後悔です…。 |
※ 註2 『ワールドカップ殺人事件』 原題 THE WORLD CUP MURDER) 著者 ペレ 訳者 安藤由紀子 出版 創元推理文庫 初刊 1988 定価 720円+税 ISBN4−488−24503−X |