
| 週刊三軒茶屋 第15号 : アイヨシ ワールドカップとミステリ(上) (ベルギー、ロシア、チュニジアとミステリ) |
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ワールドカップですよ。国籍という不合理な基準を第一に選定されたチーム同士が、トップレベルのサッカーを見せてくれる夢の大会です。ともすればナショナリズムなどという危険この上ない団体意識を高揚させてしまうだけに、大喜びするのもいかがなものかと思います。 しかし、面白いものは面白いですし、すごいものはすごいです。個々の選手達の技術・フィジカルの強さ、攻守の切り替えの早さ、勝利にかける執念。サッカー好きにはたまらないイベントです。ミステリなんか読んでる場合じゃありません(笑)。 そんな大会に日本はホスト国として予選免除で参加していますが、なんと一次リーグを突破してしまいました!これはすごいことですよ。しかも一位通過。突破するにしてもギリギリだと思っていたので、この結果にはビックリです。そんな日本の一次リーグの対戦相手はベルギー、ロシア、チュニジアでした。 ベルギーといえば、まっさきに思い浮かぶのはアガサ・クリスティの創造したベルギー人の探偵、エルキュール・ポアロです。ブリュッセル市警に勤務して難事件をいくつも解決。退職後、第一次世界大戦で足を負傷して避難民としてイギリスに渡ります。そこで身を寄せたスタイルズ荘の女主人が毒殺される事件が発生します(『スタイルズ荘の怪事件』ハヤカワ文庫)。その後、ロンドンに私立探偵事務所を開設します。『アクロイド殺し』や『オリエント急行の殺人』(ともにハヤカワ文庫など)といった有名作品にも登場する探偵です。 …しかし、他に何も思いつきません。そもそも、ベルギー文学って何がありますか?仕方がないので調べてみましたが、『青い鳥』(新潮文庫)の作者のメーテルリンクはベルギー人らしいですね。しかし、ミステリとは何の関係もありません。 ネットサーフィンしてみましたら、シモン・レイスというベルギー人作家の『ナポレオンの死』という作品が東京創元社から出版されています。どうやら歴史ミステリみたいですが、実物を見たことがない(当然、読んだこともない)のでよく分かりません(コラコラ)。 ロシアは、ベルギーと異なり小説の舞台としては良く出てきます。特に、『ロシア・ハウス』(ジョン・ル・カレ著 ハヤカワ文庫)などのスパイ小説には当たり前のように登場してきます。しかし、ミステリ、しかも本格ミステリとなると途端に縁遠くなります。 ロシア文学とミステリといえば、ドストエフスキーの『罪と罰』(新潮文庫など)が、ミステリと読んでもおかしくない作品として紹介されることがあります。確かに、殺人事件を犯人の視点から描くという点では倒叙ミステリと言えなくはないですが、いくら何でも暗すぎます。ミステリ特有の謎解きの爽快感がありません。 そもそも、ロシア文学といえば、どうしたわけか読みにくいものが多いです。"読みにくく訳さなければならない"というルールでもあるのでしょうか?加えて、内容ももちろん難解です。それに、暗くて粘着質なものばかりです。 …これは、ロシアではミステリなどお呼び出ないのかもしれない、と考えていたら、大作家の存在を忘れていました。アイザック・アシモフです(ただし、アシモフは確かにロシア出身ですが、3歳の頃にアメリカに移住しているので、ロシア作家といってよいかどうか疑問です)。 アシモフは『ミクロの決死圏』や『ファウンデーション』(いずれもハヤカワ文庫)などのSF作家として有名かもしれませんが、ミステリにも造詣が深く、『黒後家蜘蛛の会1〜5』(創元推理文庫)という短編ミステリ作品を書いています。また『われはロボット』(ハヤカワ文庫)はロボットをテーマとして扱った作品ながら、有名な〈ロボット三原則〉(※註1)による論理的アクロバットは、ミステリとしても高く評価されています。 もっとも、アシモフは1人で150冊(!)以上もの作品を発表している(瀬戸川猛著 創元推理文庫『夜明けの睡魔』p67参照)ので、ロシアがどうとかいうより、もはや"アシモフ文学"という独自の枠組みで考えるべきかもしれません。 最後にチュニジアですが…。チュニジア文学などさっぱり分かりません。チュニジアの皆さん、ごめんなさい。しかし、何でもいいから何かないかな〜、と探していましたら、探せばあるもので、『アクロイド殺し』の凶器が"チュニジアの短剣"で、第六章のタイトルにもなっています。 …しかし、これではマニアックすぎますね。もう少しチュニジアが大きく扱われているものはないかとネットサーフィンしてみましたら、『おやつ泥棒』(アンドレア・カミッレーリ著 ハルキ文庫)という作品を見つけました。これは文庫だったので読んでみました。 モンタルバーノ警部という女好きで美食家、マイペースのホリックワーカーのインテリで屈折した性格という、非常に好感の持てる(?)中年警部を主人公としたシリーズ作品(※註2)の2作目です。 主人公が活躍する舞台はイタリアですが、事件の発端はイタリアとチュニジアの間の公海上で発生します。チュニジア艦艇の銃撃によってイタリア漁船の乗員が死亡してしまうのです。しかも、捜査が進行していくうちに、被害者がチュニジア人であることが判明します。また、警察小説は複数の事件が多発することが多いですが、本書でも別件として殺人事件が発生します。その捜査の過程にもチュニジア人が深く関わってきます。チュニジアは第二次世界大戦時にはドイツとイタリアに占領されていたということもあって、イタリア小説には登場しやすいのかもしれませんが、浅い知識しかないのでよく分かりません。 …以上、日本のワールドカップ一次リーグ大健闘を記念してがんばってみましたが、たいした成果をあげることはできなかったようです(笑)。 決勝トーナメントは一発勝負。リーグ戦以上に何が起きるか分かりません。予選リーグ以上の熱戦、素晴らしいプレーを満喫したいと思います。 (2002年6月15日記) |
※註1 『ロボット工学三原則』 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危害を看過することによって、人間に危害を及ばしてはならない。 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が第一条に反する場合は、この限りでない。 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。 (ハヤカワ文庫『われはロボット』冒頭より引用) ロボットをテーマとしたSFを語る上で欠かすことのできない、あまりに有名な基本的原則。アシモフ発案として知られていますが、真相は微妙に異なるようです。この点については『われはロボット』巻末の解説に詳しく書かれています。 |
※註2 『モンタルバーノ警部シリーズ』 イタリア人作家アンドレア・カミッレーリによる、イタリアで爆発的ヒットを記録しているシリーズ。同シリーズは、本国では『水の形』(1994年、未訳)、『おやつ泥棒』(1996年)、『テラコッタの犬』(1996年、未訳)、『悲しきバイオリン』(1998年)と刊行されています。 日本では、『悲しきバイオリン』(1999年)、『おやつ泥棒』(2000年)の順番で刊行されています(ともにハルキ文庫。訳者は千種堅)。日本で続刊が出ていないのは売れ行きが良くないからでしょうか?本国と発行順が異なるのは疑問です。『悲しきバイオリン』より『おやつ泥棒』の方が断然面白かったので、もったいなかったような気がします。 |