
| 『一夜の密室』 著作:アイヨシ 公開日:2004/03/28 |
時は群雄割拠の戦国時代。 背の低い、出目に出っ歯といった容貌のその醜男は、小隊の隊長に任じられ、国境の警備を言い渡されていた。日も暮れてきて、もうすぐ夜番の部隊と警備を代わる頃かと考えていると、弟の小一郎が声をかけてきた。 「兄者」 「おお。小一郎か。そろそろ交代の刻であろう。兵どもに帰陣の支度をするように伝えるのじゃ」 「わしもそう思って兵に伝えたのだが、田吾作の姿が見えんというのだ」 「何じゃと」 調べてみると、田吾作は槍や持ち物を置いたままで、持ち場からいなくなっていることが分かった。 「どうする兄者」 「どうもこうもない。逃亡は軍紀に反する行ないじゃ。近くの村に隠れているかもしれぬ。面倒じゃが、行ってみるとしよう」 醜男と小一郎の二人は近くの小さな村に行き、一軒一軒を尋ね歩くことにした。そうするうちに、薪や板、柱などの木材がたくさんある家に出くわした。 「誰かおらぬか」 醜男が声をあげると、中から男が出てきた。 「へえ。お侍さんですか」 「夜分にすまぬが、随分とたくさんの木を集めておるのじゃな」 「へえ。あっしは木こりをやっておりますが、木を集めておりますと、木が余ったとか家を壊したとかで、木を持って行ってくれと頼まれることが多いものでして、こうして適当に積んでおります」 「そうか。ところで、実はわしの部下の一人が脱走して隠れておらぬかと思い、この辺りの民家に聞いて回っておるのじゃ。田吾作という名の、冴えない風体の足軽じゃが、心当たりはないか」 「へえ。申し訳ないですが、とんと心当たりがございませぬ」 「そうかもしれぬが、一応あらためさせてもらうぞ」 「分かりました。汚い家ですが、どうぞ」 といっても、国境にある民家の大きさなどたかが知れている。居間の他に部屋がひとつだけあったが、そこには娘がひとり床に臥せっていた。娘は二人の姿を見ると、怯えた様子で木こりにすがりついたので、二人はすぐに部屋を出た。むろん、その部屋に人が隠れる場所などないことは明らかであった。 「あの娘は何ゆえ臥せっておるのじゃ」 「へえ。気を病んでおりまして……」 「それはすまぬことを聞いた。家の中はよいから、あとは裏の物置小屋を見させてもらうぞ」 「へえ。どうぞどうぞ」 三人は物置小屋の前に立った。古びた汚い板で周囲を囲んで屋根をのせた程度のもので、四方に窓の隙間はなく、極めて簡素な造りの小屋であった。 「兄者」 扉を開けようとした小一郎が不審な声。 「どうした小一郎」 「それが、扉が開かないのだ」 「へえ。この扉は内側から閂をかけることができます。しかし、あっしがここにいるのにどうして……」 「田吾作か。おるのなら、咎めはせぬから返事を致せ」 そう言いながら小一郎はなおも扉を開けようと力いっぱい引くが、壁がみしみしと今にも壊れそうな音を出す。 「やむを得ぬ。扉を壊すしかないが、よいな。斧でも何でも持ってくるのじゃ」 醜男はそう言って木こりに斧を持ってこさせると、扉をぶち壊した。 中には、頭をかち割られた田吾作の死体があった。 死体は地面に直接横たわっており、そこにはまだ血の沼が染みきらずに残っていた。傍らには一本の血塗られた手斧があった。 「ひい」 と悲鳴のような声をあげると、木こりはその場にへたり込んだ。 「どう見る、小一郎」と醜男。 「血のあとも残っておるし、死体を引きずったようなあともない。暗くてよく分からぬが、他に血痕もないようだから、おそらくここで殺されたのだろう。得物はあの手斧に間違いあるまい」 「うむ。わしもそう見る。しかしじゃ……」 「そうだ。ここには閂がかかっていた。おんぼろだが隙間はない。田吾作を殺した奴はいったいどうやって外に……」 醜男と小一郎は沈黙に沈んだ。 ふと醜男は木こりの方を見る。木こりはへたり込んだままで、顔を上げようとはしない。 「……よし」と、醜男が突然声を出す。 「分かったのか兄者」 「分かったも何も、誰も入ることのできぬ小屋の中で死んでおったのじゃ。自害じゃ自害。それに相違あるまいて」 「馬鹿な! あのような自害があるものか」 「何を言う小一郎。戦場で気の触れたものが自らの命を絶つことなど、決して珍しいことではないであろう」 「そういうことを言っているのではない。自分で自分の頭をかち割ることなどできるわけが……」 「もう良い。わしがそう決めたのじゃ。早くこの死体を近くの山にでも埋めて、帰陣しようではないか。木こりよ。すまぬがお主も手伝ってくれ。それ小一郎、ぼやぼやするな」 醜男はそう言うと、不満げな小一郎を無視して、とっとと田吾作の死体を近くの山に埋葬した。そして「すまなかったな」と木こりに深々と頭を下げてその場をあとにした。 「田吾作を殺したのはあの木こりじゃ」 帰路、村をかなり離れたところで、醜男は小一郎に言った。 「おそらく、持ち場を抜け出した田吾作は、あの娘を手篭めにしようとしたのじゃ。そこを木こりに見つかって、持っていた手斧で殺された。そういうことじゃろう」 「しかし、あの閂はどう説明するのだ。木こりはどうやって小屋から出たのだ」 「出てなどおらぬよ」醜男はさも愉快げにさらっと言う。 「何と?」 「つまり、あの場所には物置小屋などなかったのじゃ。田吾作を殺したあとで、それを囲うように物置小屋を作ったのじゃ。もちろん、扉の閂も最初からかけてあったのじゃ」 「どうしてそんなことが分かるのだ」 「中に住むわけでもない物置小屋の内側に、何故閂などつける必要がある? 外側に鍵をつけるというならともかく、内側の閂など何の意味もない不要のものじゃ。じゃがそれも、こう考えれば辻褄があうではないか」 「しかし、そんなことが簡単に……」 「普通ならそうはいくまいが、あ奴も言っておったではないか。家を壊したあとの木材が集まってくると。そうしたものを利用すれば、あの程度のぼろ小屋を作ることなど造作もないことじゃろう」 「なるほどな。しかし、そこまで分かっていて、なぜあの木こりを見逃したのだ」と問う小一郎に、 「なぜ咎める必要がある」と醜男は真顔になって問い返し、続けて言った。 「持ち場を離れて女を襲うなぞ言語道断、お館様がお聞きになったら即刻死罪じゃ。木こりはその手間を省いてくれたのじゃ。木こり如きが侍を殺すことなど許されぬか? しかし、それを言うならわしなぞ百姓の子ぞ……」 しばしの沈黙のあと、 「……田吾作は自害ということだな」と小一郎。 「そうじゃ」と醜男。 「ならば、物置小屋を血で汚してしまったのだから、木こりには、お清め料の金子を少々渡しておいた方がよいと思うのだが」 「おお、頼むぞ小一郎。そうしておいてくれ」 それからしばらくして、美濃の稲葉城から三里ほど離れた墨俣に城ができあがった。 築城を指揮した武将は、墨俣が長良川の河口に位置することを利用して、上流の山中で木材を切り出して資材に加工しそれらを筏で運ぶと、僅か七日という期間で築城してしまったのだ。それはまさに脅威的な速さであり、瞬く間に噂話として広がるうちに誇張され、『墨俣一夜城』として後世の伝承となった。 武将の名は木下藤吉郎。猿と呼ばれる醜面の小男であった。 |
(アイヨシのあとがき) 戦国時代の言葉遣いって難しいですね(笑)。自分なりに頑張ってみましたが、おかしいところがあったら遠慮なく指摘してくださるとうれしいです。 墨俣築城の箇所については、「軍師竹中半兵衛」(笹沢左保・著 角川文庫)を参考にしました。 |
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