[あらすじ]
〈わたし〉がかつて住んでいた町で三十年前に起きた事件。
〈わたし〉の友人が殺されたその事件は、犯人も被害者も場所も時間も殺害方法も動機に至るまで、その町の住人のほとんどに予め知らされていた中で起きた殺人事件だった。〈わたし〉は、当時の関係者や記録を調べ、そのとき何があったのかを明らかにしようとする。
1982年ノーベル文学賞受賞者の作品であっても、偏屈なミステリ読みにかかれば、ちょっと本格っぽいところがあるだけでたちまち本格ミステリ扱いされてしまうものです。そんなわけで、本書はノーベル賞作家の書いた傑作本格ミステリであることをまず断言しておきます(笑)。
抑制の効いた筆致は事件の背景を淡々とつづっていきます。派手さはありませんが、地味にじわじわ効いてくるタイプの本です。
本書で扱われている事件は、タイトルどおり予告殺人です。予告殺人と言っても、そのままずばりなタイトルの、クリスティの『予告殺人』などがまさにそうですが、普通は犯行時刻が予告されているものを指します。その他、場所や被害者などがある程度限定されているものもありますが、しかし、本書のように何から何まで予告されているケースは極めてレアでしょう。そこまで分かってたら、普通は殺人事件なんて起きませんからね。でも、ホントに起き得ませんか? 世の中にホントに意外な犯罪・殺人事件というものがどれだけあるでしょうか? ひょっとしたら、本書の事件は例外で済まされるようなものではないのかも知れません。
それはともかく、本格ミステリの謎はいわゆる5W1Hに整理して考えられることが多いです。しかし、本書ではその5W1Hの謎を全て放棄して、にもかかわらず謎解き物語として著者は成立させているのです。何と挑戦的な本格ミステリでしょう(笑)。
閑話休題ですが、思うに、殺人事件において、被害者・犯人・時間・場所・方法・動機といった要素は十分条件ではありますが必要条件ではありません。それらの要素があったとしても、なお殺人という事件が発生するためには、他の何か、言い換えれば、それらが結びついて殺人事件へと発展する過程があるはずなのです。それは、ある人からすれば必然かも知れませんし、またある人からすれば偶然かも知れません。ある人にとっては一瞬のことだったかも知れませんし、ある人にとっては長期間潜在していたものがついに発現したものなのかも知れません。ある人にとっては論理的な事件だったかも知れませんし、ある人にとっては不条理な事件だったかも知れません。
筋の通った否定しようのない本格ミステリ的な真相が用意されているにもかかわらず、本書はなお事件の多面性・真相の相対性を物語ります。バークリーの『毒入りチョコレート事件』のように、いくつもの真相の可能性を提示することで既存の本格に対して疑義を提示するアンチ・ミステリはいくつかありますが、本書のようなタイプのアンチ・ミステリは珍しいと思いますし、読んでてとても新鮮でした。
本書は、〈わたし〉が三十年前の事件を振り返るルポ的な手法で書かれています。読んでいる時には、「宮部みゆきの『理由』みたいだなぁ」と思いましたが、訳者あとがきを読んで実際の事件を下敷きにしていることを知りました。これは『理由』とは大きく異なる点です。実際にあった事件と言っても、三十年も経ってしまうとどうしても記憶も記録も風化してしまいます。しかし、それでもやはりフィクションとはなりえません。〈わたし〉の視点から描かれているこの物語は、フィクションとノンフィクションとの間での緊張感をギリギリのところで維持しながらも、物語として読者に読ませるとても上手い試みだと思います。
(以下ネタバレ気味の伏字↓)
本書の構成もまた実に巧みです。クリスティは、『ゼロ時間へ』において、「ただ、どれもこれも出発点がまちがっている! 必ず殺人が起きたところから始まる。しかし、殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から始まっている――ときには何年も前から――数多くの要因とできごとがあって、その結果としてある人物がある日のある時刻にある場所におもむくことになる」「すべてがある点に向かって集約していく……そして、その時にいたる――クライマックスに! ゼロ時間だ。そう、すべてがゼロ時間に集約されるのだ」というコンセプトのもとに作品を書いてますが、しかし厳密な意味で”ゼロ時間”へ収束するミステリとはなりませんでした。物語の面白さとは関係のないレベルで惜しまれるところです(笑)。
その点、本書は完璧です。まさに被害者の死の瞬間、”ゼロ時間”にこの物語は終わりを告げます。この構成美はいかにも本格ミステリだと思います。
(↑ココまで)
ただ、序盤はちょっと読み難かったです。5章構成のうち最初の1章では誰の結婚式が話題になっているのか全然分からなくて、登場人物を把握するのに苦労しましたし、被害者が新郎なの? とか違うことを思ってました。次の章に行ってすぐにその辺りの誤解は解けたのですが、日本人である私にとって馴染みのない国・地方での事件だけに事情を感得するのに少々手間取ったこともあって、新鮮さと共に戸惑いも正直ありました。異文化コミュニケーションです(笑)。
面白かった、楽しかった、といった言葉で本書を表現するのは違うようにも思うのですが、でも、不思議と面白かったです。通常のミステリではどうしてもおざなりになってしまう事件の背景をじんわりと味わってみたい方にオススメです。
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