アーサー卿の犯罪
原題:Lord Arthur Savile's Crime
著者:オスカー・フィンガル・オフレアティ・ウィルズ・ワイルド(Oscar Fingal O'Flaherty Wills Wilde)
訳者:福田恆存(ふくだ・いつあり)/福田逸(ふくだ・はやる)
出版:中公文庫
装丁:カバーイラスト ビアズリーの挿画より
初刊:1887,1889,1894
定価:280円+税
ISBN4122004438

 『罪と罰』の書評に引き続き、純文学作品を本格ミステリとして無理やり読み解こうというネタ的読み方のコーナーがやってまいりました(笑)。
 とは言ったものの今回のは、もし著者名を隠して読んで頂ければ「これなんて古典ミステリ?」って思われるくらいに新本格っぽい作品だと思うので、ミステリとして紹介することにもそんなに無理は感じておりません。いや、前回無理を感じてたという意味ではありませんよ(笑)。
 そんなわけで、今回は『幸福な王子』や『ドリアン・グレイの肖像』などで知られるオスカー・ワイルドの『アーサー卿の犯罪』を紹介したいと思います。
 アイヨシが所持しているのは古本市で購入したボロボロの中公文庫版ですが、この本には6つの短編が収録されていますので、以下収録順に紹介します。


 〈アーサー・サヴィル卿の犯罪〉は、タイトルどおり犯罪がテーマの作品ですが、その動機がすこぶる変わっています。最愛の人との結婚を控えたアーサー卿は、良く当たるという手相見に自分の運命を占ってもらいますが、そこで衝撃的な予言を告げられてしまいます。手相見によれば、アーサー卿は親戚に対して殺人の罪を犯してしまうというのです。
 普通だったら、殺人なんか犯すものか、と考えそうなものですが、アーサー卿はその予言を自らの運命として受け入れてしまい、殺人を犯すまでは結婚するわけにはいかないと妙な決意をします。そうして、遠縁の老人をターゲットに毒殺やら時限爆弾による爆死やらの完全犯罪を試みますが、皮肉にも彼の行為とは関係ない理由でターゲットは死亡してしまい、アーサー卿は運命をクリアすることができません。失敗に苦悩したアーサー卿はついに……。というストーリーですが、運命の皮肉、論理と非論理の逆転とがいかにもミステリ的で楽しい逸品です。

 〈カンタヴィルの幽霊〉は、幽霊ものの傑作コメディですが、ミステリ的要素はまったくないので省略します(笑)。

 〈謎のないスフィンクス ――エッチング――〉は、約10ページの掌編です。タイトルどおりではありますが何ともいえない味わいのアンチ・ミステリで新本格っぽい作品です。ミステリ・アンソロジーを編む時にそっとこんなのが入っていれば洒落た雰囲気になるんじゃないかと思います。

 〈模範的百万長者 ――感嘆符――〉は、20ページにも満たない落語みたいなオチの作品です。モデル・ミリオネアという原題がミソです。もっとも、ミステリ的な趣向はないのでやっぱり省略します(笑)。

 〈W・H氏の肖像〉は、本書収録作品の中の白眉でしょう。
 本作はまず、シェイクスピアの『ソネット集』のW・Hとは何者か? というテーマを巡っての歴史ミステリとして読むことができます。アイヨシには英米文学の知識・教養がまったくないので、このテーマがどれほどのもので、ワイルドの主張にどれほどの説得力があるのか? てなことはさっぱり分かりません。分かりませんが、訳註の解説なんかを読むと、通説に対しての結構気合いの入った仮説・反論なんじゃないかと推察されます。
 これだけでも十分に面白いのですが、この作品がホントに面白いのはここからで、この魅力的な解釈にはかなりの説得力がありますが、しかしながら証拠がありません。この解釈を提唱した人物は既に死亡してしまっていて、この解釈を主人公に語ってくれた人物もこの説の真実性の証明には熱心ではありません。
 にもかかわらず、この説を聞いた主人公はその真実性を証明しようと知恵を絞り手を尽くし、ついにはその解釈を相当程度真実だと根拠付けるだけの文章を手紙にしたためその解釈を教えてくれた人物に送りつけます。しかし、手紙を送ったとたんに、主人公は夢から冷めたようにその解釈への自信・熱意を急速に失ってしまいます。主人公は手紙の内容を謝罪しようとしますが、すると逆にその人物の方がその仮説の説得力に夢中になってしまっています。
 作中に出てくる『W・H氏の肖像』とは、仮説を証明するために捏造された偽りの証拠なわけですが、その肖像が素晴らしい芸術作品になってしまっているのがいかにも逆説的で面白いです。さらには真実の相対性というものをとても魅力的に語っているこの作品は、紛れもなく本格ミステリの傑作だと言えるでしょう。

 〈散文詩〉は、詩というよりはショートショート集でして、〈芸術家〉〈善行を施せし者〉〈弟子〉〈師〉〈裁きの家〉〈叡智ある教師〉といったラインナップとなっております。いずれも神や神話をテーマにしたシニカルな小品でクスリと笑えるお洒落な作品集です。もっとも、ミステリとしてはさっぱりですけどね(笑)。


 以上の通り、本書は傑作ミステリ集でして、ワイルドの名前がポーやドイルなどと並ぶミステリ作家として知られていないのが不思議でなりません。本格ミステリに多大な功績を残した作家として再評価されることを切に願います(笑)。

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