顔のない敵
著者:石持浅海(いしもち・あさみ)
出版:カッパ・ノベルス
初刊:2006
装丁:カバーデザイン 岩郷重力+WONDER WORKZ。
定価:857円+税
ISBN4−334−07639−4

 対人地雷は、殺す兵器ではない。死亡者も多く出ているが、基本的には殺さずに大怪我をさせることが目的だ。敵の兵士を負傷させ、その兵士の運搬や治療に別の戦力を割かせる。一人の負傷者を後方に送ろうと思えば、最低二名の兵士が担架で運搬しなければならない。それで合計三名の敵兵力を削減できる。それと同時に、被害者がもがき苦しみ姿を他の兵士に見せつけることで、敵の兵士全体に恐怖心を植えつけられる。単純に踏んだ人間だけを殺すよりも、はるかに有効な攻撃方法といえる。対人地雷とは、かくも陰湿な兵器なのだ。
(本書p93〜94より)


 本書は、対人地雷(Wikipedia→地雷)をテーマにした本格ミステリ短編集です。
 地雷も本格ミステリも、人の殺し方について考えた結果の産物であるという点では共通しています。ただ、対人地雷が効率的な殺人方法を追求した結果であるのに対し、本格ミステリは論理的な殺人方法を追求するものであるという点で違いはあります。しかし、効率性と論理性は相反するものではありません。むしろ、対人地雷と本格ミステリとには親和性があるということが言えると思います。
 考え方に近しいものがあるとしても、そこで出来上がるものはまったくの別物ですし、また別物でなければなりません。本格ミステリに対する批判・陰口として、こんな「荒唐無稽なものが上手くいくはずがない」、というのがときに見受けられます。しかし、現実性の追求にベクトルが傾いちゃうと、対人地雷のような厄介極まりないものが出来上がってしまうのです。まさに荒唐無稽万歳! です。
 本書は、対人地雷をアイデアの核としていますが、それを単純に本格ミステリに落としてしまうとエンタメ性が際立ってしまい、その問題性が埋没しかねません。別にそれでも本格ミステリとしては構わないとも言う向きもあるでしょうが、著者はそれを危惧して各短編ごとのテーマ性をとても大切にしています。その結果、本格ミステリとしては少々重苦しくはありますが、とても読み応えのあるものに仕上がっていると思います。
 また。石持浅海という作家は、具体的にどうとは言いませんが作中の犯人を問答無用で断罪するようなことはしません。むしろ世間の常識からすれば不自然なくらいに犯人を擁護するような方向に物語を持って行くことが特徴的とも言え(そうした意味では、『BG、あるいは死せるカイニス』は著者にしては珍しい作品だと言えるかも知れません)、それが読む人によっては受け入れられない点にもなっているみたいです(アイヨシなどは逆にそうしたところを面白がってるわけですが)。そうした著者のスタンスは、すべからく兵器というものは人道的にはすべて廃絶されることが理想であるにもかかわらず、その中で対人地雷のみ特定されて廃絶が訴えられるその特殊性と、実に上手く噛み合ってるように感じます。対人地雷という存在の相対性、すなわち攻撃のためにも防御のためにも用いられる兵器であり、また商品でもあり、その廃絶・解体についても様々なスタンスがあるわけで、善悪についての断定を是としない著者の嗜好(?)とも非常に上手くマッチしていると思います。

 各短編についての説明は、本書の巻末で著者自身があとがきで行なっているので興味のある方はそちらをご覧になれば十分だとは思いますが、未読の方のためにごく簡単に紹介します。

 〈地雷原突破〉は、対人地雷廃絶の条約締結を目指すNGOが地雷の危険性をアピールするために模擬的な地雷原を再現したところ、爆発するはずのない地雷が爆発し、イベンターが死亡してしまいます。事故? 殺人? 安楽椅子探偵ものとしても秀れものの逸品です。
 〈利口な地雷〉は、地雷の開発会社の人間が新型地雷の発表を目前に、社内で何者かに殺されてしまいます。犯人は? 動機は? 新型地雷『ドリアン』のアイデアもさることながら、人間の知恵の厄介さに凹みます。いかにも石持浅海らしいラストといい、個人的には本書の中ではこれが一番の傑作だと思います。
 〈顔のない敵〉は表題作ですが、確かにテーマ性と本格ミステリとしての構成がガッチリと噛み合った傑作だと思います。タイトルも、被害者の状況と地雷の本質とを表すダブルミーニングで洒落てますしね。カンボジアを舞台に、地雷除去の現場とその作業、実際に地雷の被害によって片足を失ってしまった少年が登場したりと、テーマ性が最も前面に出ている作品です。
 〈トラバサミ〉は、地雷ではなくトラバサミが小道具になっていますが、考え方としての地雷は登場します。「日本に地雷が埋められるとしたら」というプロットで日本と対人地雷との関係が浮かび上がってきます。
 〈銃声でなく、音楽を〉は、対人地雷除去活動を行なうNGOの資金集めがテーマです。地雷そのものは出てきません(もっとも、対人地雷の完全犯罪性が語られている、という意味では意外と本格ミステリしてます)。これもまた対人地雷問題の一側面です。「顔のない敵」が遠景としてありますね。
 〈未来へ踏み出す足〉は、遠くない未来での、ロボットによる対人地雷除去がテーマです。未来への可能性を提示してしますし、これまでに登場したキャラも何人か出てきますし、そうした意味ではまさに総決算といえる作品です。

 ざっと各作品を紹介してきましたが、本書は、対人地雷というアイデアを多面的に捉えた多彩な短編集です。社会性とミステリ性とがこれ異常ないくらいに見事に調和がとれている傑作として広くオススメしたいです。

 なお、一番最後に収録されている〈暗い箱の中で〉は、地雷とは全く関係のないシリーズ外の作品です。エレベーターという極めて狭いクローズド・サークルでの殺人です。著者の処女作なので、ファンなら必読の一品でしょう。


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