[あらすじ]
イギリスを追放されたドラキュラが遂に報復を開始した。
首相兼軍最高司令官としてドイツを支配下に治めたドラキュラ指揮下の謎の戦闘航空団は、連合国の戦闘機を次々と撃墜していく。一体敵は何者なのか? 若き諜報員ウィンスロップはその敵の拠点である古城の調査を命ぜられたが、そのとき彼は驚くべきものを目にすることになる。
一方、祖国を捨てた詩人エドガー・アラン・ポオはドイツ皇帝より密命を受けてやはり古城へと参上することになる。彼の使命とは一体?
温血者と新生者とが共に互いに殺しあう、もう一つの第一次世界大戦!
《ドラキュラ》シリーズ第二部。
第一次世界大戦(→Wikipedia)の原因を説明することは容易なことではありませんが、本書における第一次世界大戦の原因は明らかで、ずばりドラキュラです。前作で権力の座を追われたドラキュラは、脱獄してドイツに逃れ、そこで再び権力者として不動の地位を築きます。そして、自らを追放した者たちに復讐するために、さらなる権力を得るために、世界各地に戦禍をもたらします。
第一次世界大戦は現代ほど兵器の開発が進んでいるわけではありませんが、それでも戦車や戦闘機といったものが実用化されています。それらの持つ高い戦闘力・火力は温血者を即死させるには十分なものですし、新生者であってもかなり高い確率で死を免れ得ません。
とは言え、〈恐怖時代〉には温血者と新生者とで死の危険に対する距離にはかなりの開きがありましたが、大戦下ではその距離がぐっと縮まったために、結果として温血者と新生者の関係はより深くなって、それなりに共生関係も馴染んできています。
とは言いながらも、温血者よりは新生者の方が身体能力に優れていることに違いはないわけですから、敵味方の陣営を問わず、本書ではたくさんの新生者が活躍します。
文学的吸血鬼の嚆矢である『吸血鬼ドラキュラ[→Amazon]』でこそ吸血鬼は倒されるべき敵として存在していました。しかし、それ以降の文学的吸血鬼、特に現代の日本では様々なジャンルで吸血鬼は活躍していますけれど、吸血鬼を単純に人類の敵としているものはほとんど見受けられませんし、主人公が吸血鬼である作品だってそんなに珍しいことではありません。
なぜこんなにも吸血鬼は人気があるのでしょう? それは、吸血鬼が人間の欲望をストレートかつ倒錯的に表現している、または表現し得る存在として格好の題材だからでしょう。
吸血鬼の吸血行為は、直接的には食欲を満たす行為、すなわち食事です。その衝動は突発的で逆らい難いものとして扱われることが多いですが、それは人肉食の禁忌を意味していると言えます。
加えて、吸血行為が性のメタファーであることは、吸血鬼解釈におけるコモン・センスです。具体的に何がどうとか言い出すと18禁ワードの羅列になってしまい、全年齢向けで健全な方向を志向している当サイトの方針に背いちゃいますので省略します。それでも、吸血鬼と犠牲者との関係は近親相姦的な異性愛だったり同性愛だったりサドマゾな変態愛だったり他人数との吸血行為が乱交だったり、あるいは詳細な吸血行為の描写が実は性行為の描写であるとか、まあそんなところです。興味のある方は、『ホラー小説大全[→Amazon]』(風間賢二/角川ホラー文庫)でその辺りは詳しく述べられていますので、ぜひご覧になってみて下さい。
さらに、吸血鬼は睡眠をとります。吸血鬼は死者として扱われていることが多いので、睡眠によって夢を見るかどうかは作品によって様々ですが、肉体的な機能回復という意味での睡眠はとります。機械的なだけにその睡眠は強制的でもあります。大抵は昼間に寝るので、人間の常識がらすれば惰眠をむさぼってることになります。
そんなわけで、吸血鬼は人外の怪物でありながら人間の三大欲求を体現している存在なのです。吸血鬼には知性が高かったり紳士的な態度のものも多いですが、それがまた欲望に忠実な一面を一層引き立たせています。吸血鬼を描くということは、人間のそうした欲望との関係性を描くことにつながるわけで、これこそ吸血鬼が小説や映画など様々なジャンルに人気な理由のひとつだと思います。
本書は前作に引き続いての吸血鬼ゴシックですが、タイトル通りの戦記ものでもあります。せっかく不死であるにもかかわらず、飛行士として戦いに参加し、いずれ訪れるであろう死を淡々と受け入れる彼ら新生者たちの死生観は、どこか『スカイ・クロラ』の”キルドレ”と似たものを感じます。
蝙蝠や狼、あるいは霧などが有名なところですが、新生者たちの本能には変身能力が組み込まれています。それは内在する死への起爆剤として絶えず新生者たちを脅かしているものですが、それを上手く制御できる者たちは、特殊で圧倒的な能力を得ることで戦場において優位に戦いを進めることができます。変身能力は血統によって左右されますが、その血統は新生者が新生者の血を飲むことである程度調整できます(失敗すればもちろん死ぬことも珍しくありません)。同族同士の吸血行為とはそれこそ人肉の禁忌の領域なわけでとてもグロテスクです。さらに、本書の世界における吸血行為とは単に肉体的な接触にとどまらず精神的な交感をも意味します。他人の血を飲むということはその者の精神の影響を受けるということにもつながります。意志の弱い者が意志の強い者の血を飲むとその精神は強い方へと引きずられてしまい、ときには人格の変化・崩壊へとつながります。そうしたおぞましくも危険な研究がドラキュラ配下の戦闘航空団の隊員を対象に行なわれているわけですが、その目的は一体何なのか? それは秘密です(笑)。
戦記ものですので、複数の視点でストーリーは語られます。連合国・イギリス側の語り手は前作の主人公の一人でもあったボウルガードに、前作でも少し登場していた新生者ケイト・リードと、ボウルガードの後継者として闇内閣に期待されている若手の諜報員エドウィン・ウィンスロップです。
ケイトは新聞記者として様々な情報を入手しようと色んなところに首を突っ込んで物語を進める役割です。前作ではホントに脇役だったのですが、実はこんなに重要なキャラだったとは思いもよりませんでした。
本書の一番の主人公はウィンスロップでしょう。温血者として、かつてのボウルガードと同じような道を辿りつつも、新生者の飛行士との交流を通じて敵のエースパイロットへの復讐を誓うことになります。そのために温血者でありながら新生者の力を得ようと、生と死の狭間というとても危険な領域へ足を踏み入れ、空の戦いへと自らを駆り立てていきます。復讐と義務のために戦闘機に乗り込む彼の姿は、殺すことと殺されることに馴れ切った新生者ばかりの飛行士たちの中にあってとても異色なものに映ります。
直接的な戦闘に身を投じるウィンスロップの影で、ボウルガードを中心とした情報戦もまた描かれます。物語の多層性は前作同様、もしくはより周到なものになっています。ドイツのスパイ(だとされている)マタ・ハリとボウルガードとの会話・交流は、個人的にとても好きなところです。
一方、ドイツ側の語り手は、何とエドガー・アラン・ポオです。本作も前作と同じく有名無名を問わず虚実混合の様々なキャラクターが登場しますが、この役どころには意表をつかれました。新生者でありながら温血者の頃のままの文才を備えている彼は、皇帝からの密命を受けて戦闘の要所である古城へと赴きます。彼を語り手とすることで、殺伐なものであるはずの戦場描写に詩的な香り付けをすることに成功しています。
とは言え、ドイツ側の主人公はポオではなく、彼の視点で語られる撃墜王、リヒトホーフェン男爵です。「レッドバロン」の異名を持つ彼ですが、その精神は新生者の飛行士たちの中でもっとも純粋であり、象徴的でもあります。そんな彼とウィンスロップとの死闘・空中戦は、まさに本書の白眉です。
血が流れる戦場と血を啜る吸血鬼とが同居する不思議な物語は、皮肉なまでに豪華な輝きに満ちています。吸血鬼小説としても戦記ものとしても、本書はまさに傑作として後世に語り継がれるべきでしょう。強くオススメします。
絶版だけどね!(笑)
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