| ドラッケンフェルズ |
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原題:DRACHENFELS 著者:ジャック・ヨーヴィル(Jack Yeovil) (キム・ニューマンの別名義です) 訳者:安田均(やすだ・ひとし)/笠井道子(かさい・みちこ) 出版:角川文庫 装丁:カバー 山田章博 初刊:1989 定価:544円+税 ISBN4−04−274601−2 |
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[あらすじ] 吸血鬼であるジュヌビエーブは6世紀以上も様々な生活を過ごしてきたが退屈していた。彼女が選帝侯の皇子であるオスバルトの誘いを受けてドラッケンフェルズ打倒の旅に加わったのも言わば退屈しのぎのためであった。冒険は熾烈を極め、陰惨な戦いに犠牲者も幾人も出たが、しかし遂にはドラッケンフェルズを……。 それから25年の月日が流れ、オスバルトは生き残った仲間たちを再び集めた。かつてのドラッケンフェルズ砦を劇場としてかつての冒険を芝居として再現するために。 オスバルトは芝居の公演のために役者としても劇作家としても稀代の才を持つデトレフを雇い、デトレフはオスバルトの後援により思うままに役者たちを集め、芝居の成功のために尽力する。しかしそれが、さらなる惨劇の幕開けだった……。 「話の筋はありきたりですよ」オスバルトは前にそう言っていた。「大切なのは、それを芝居で 本書はウォーハンマーというTTRPGの世界を舞台にした作品です。 ウォーハンマーはイギリスを代表するRPGという評価をすでに確立していますが、その魅力の大きな部分に、中世ヨーロッパを模したようなオールド・ワールドという世界があります。選帝侯家が支配するドイツそのもののような帝国(エンパイア)、退廃と憂愁の国と歌われ、フランスを思わせるブレトニア、まさしく東欧・ロシアのような、北西に横たわるキスレフやエレングラード、そして、ベニスやフィレンツェのような小都市が乱立する、南のティリア市国、さらにはその東方のアラビィや、はるか東のキャセイ……これらは、架空のファンタジー世界といっても、現実に近いものだけに、なじみがあると同時にエキゾティシズムをかもしてくれます。 このオールド・ワールドにおおいかぶさっている影が”混沌”という敵役です。これは有史以前にオールド・ワールドに飛来した種族が、あやまって異界につながる道を開いたため、そこから、まったくこの世界と異なる価値観や能力を持つ生物が侵入してきました。かれらを総称して”混沌”と呼ぶわけです。”混沌”はみずからの従者を増やそうとつねに活動し、そうした”混沌”へと変貌する”変異石”を利用します。オールド・ワールドはいつもこの”混沌”の侵略にさらされているというわけです。 (訳者あとがきp323より) ウォーハンマーとは上記のような世界ですが、正直いって別にそんなの詳しく知らなくても本書は十分に楽しめます。実際、物語はそうしたオールド・ワールドの中の帝国内のみでの出来事です。”混沌”といってもまぁ敵役としてはよくある存在です(アイヨシはクトゥルフのようなものかと思いながら読んでました)。 とはいっても、本書の魅力がその独特な世界観にあることは間違いありません。 本書の主人公の一人であるジュヌビエーブは6世紀以上の長きに渡って生きている吸血鬼です。吸血鬼と言えば他のファンタジー世界ではモンスター扱いされるのが一般的ですが、本書では吸血鬼はなんと人間と共存しています。”混沌”に属する存在でもありません。なかには神を信仰しているものすらいます。十字架を恐れ聖水に灼かれるイメージからは考えられない設定です。もちろん悪い奴もいるのでしょうが、とにかく吸血鬼=邪悪ということではありません。 もっとも、吸血鬼はその元祖である『吸血鬼ドラキュラ[→Amazon]』(ブラム・ストーカー/創元推理文庫)でこそ憎むべき敵役という存在でしたが、それ以降あっという間に主人公側のキャラクターになってしまった感があります。特に最近のものだと、吸血鬼=敵という設定の物語を見つけるほうが難しいように思います(今どき吸血鬼が完全に敵なのってジョジョくらい? いや、大なり小なり吸血鬼が出てくるものってホントにたくさんありますからねぇ……)。これは一体何故でしょうね? 本書のヒロインであるジュヌビエーブは吸血鬼です。見た目は16歳の美しい少女ですが、実際は6世紀以上も生きている長命の者です。可憐にして強靭、無垢にして老獪、謙虚にして傲慢なその性格は反則的なまでに魅力的です。そんな矛盾した存在が放つ圧倒的なまでの存在感が本書全体を覆っています。 また、暗殺者や山賊とか、人権とか財産権とかいう概念がどこ吹く風といった面子が大手を振って生活している一方で、著作権なんてお上品な概念が存在しているのもなんだか可笑しいです。不思議な世界ですが、ジュヌビエーブが存在できる世界であれば何でも良いです(笑)。 物語はまず〈序幕〉から始まります。それはジュヌビエーブから見た、残虐にして強力な大魔法使いドラッケンフェルズ討伐の物語です。仲間の突然の裏切りと死。ある者は精神を病み、またある者は瀕死のまま途上に捨て置かれ、苦難に満ちた冒険の果てに、ついにオスバルトとジュヌビエーブたちはドラッケンフェルズのもとに辿り着きます。しかし、大魔法使いの力はあまりに強大で、ジュヌビエーブは戦いの途中で意識を失ってしまいます。 続く〈第一幕〉は、それから25年が経った時代です。芝居の公演を突然破棄されて謂れのない多額の借金を抱える羽目になり、それを払えずに監獄に入れられてしまった天才・デトレフのもとに、ドラッケンフェルズを討伐した英雄として知られる皇子オスバルトが訪ねてきます。彼はデトレフの借金を肩代わりするとともにデトレフに仕事の依頼をします。自らのドラッケンフェルズ討伐の物語を芝居として上演することを。本書のタイトルであるドラッケンフェルズは、大魔法使いの名前であるとともに、この作中劇のタイトルでもあります。この後も、二幕、三幕……と、物語は演劇のように進んでいきます。 〈第二幕〉では、オスバルトの依頼を受けたデトレフが芝居を成功させるために次々と必要な人材をそろえていきます。この部分は演劇を題材にした小説としても十分に楽しめます。特にデトレフと天才女優リリ・ニッセンのやりとりなどは最高です。 オスバルトはまた、冒険の詳細をデトレフに伝えるために、生き残ったかつての仲間たちを再び集めます。 準備は一見順調に進んでいるようですが、かつての仲間が不審な死を遂げたり、またデトレフの身にも公演を中止するよう恫喝めいた警告がなされるなど、物語は不穏な空気を帯びてきます。 〈第三幕〉では、ついにドラッケンフェルズを倒した元冒険者の生き残りたちが、芝居の舞台となるドラッケンフェルズの砦に会します。修道院に身を隠していたジュヌビエーブはオスバルトと再開し、そしてデトレフと運命の出会いをします。 ジュヌビエーブの美貌はデトレフの創作意欲を刺激し、現場は活気に満ちていきます。しかし、そこで思わぬ殺人事件が発生します。砦の警備は万全だっただけに、犯人は砦内の人物に限られます。一体誰が何のために? 悲劇があったにも関わらず、デトレフは芝居の準備を続けさせられます。 〈第四幕〉ではさらなる惨劇と悲劇が待っています。殺人者は邪悪な者に間違いはなく、そして容疑者として挙げられた人物は変異石の影響で変異種(=ミュータント)となってしまった者でした。この容疑者とデトレフのやりとりは、短いながらもとても心を打ちます。 そして〈第五幕〉、物語の最後の幕にして作中劇の最後の幕でもあります。 ジュヌビエーブ役を務めるはずだったリリ・ニッセンが土壇場になって役を降りてしまい、途方に暮れたデトレフはジュヌビエーブ本人にジュヌビエーブ役を演じてもらうことを決断します(お約束!)。芝居の本番になって、ジュヌビエーブは演技をしながらかつての冒険を鮮明に思い出していきます。その演技は観客と、やがては他の演者をも支配していきます。演技と真実とが渾然一体となったまま、劇は最後の場面を迎えます。そこで明らかになる25年前の真実! 今まで張り巡らされていた伏線の意味が一気に明らかになり、さらには怒涛のクライマックスが待ち構えています。偽りと虚構と真実がひとつになったその先に、輝かしい英雄伝説が幕を開けるのです。憎らしい程に鮮やかな構成です。 登場人物一覧表には23名もの名前がありますが、物語自体は文庫版で320ページと非常にコンパクトにまとまっています。これだと物語に比して登場人物が多すぎで、一人一人の書き込みが散漫になりはしないかと不安になります。しかしそこが見事なところで、さりげない描写で登場人物に存在感を与えることに成功しています。 逆に言えば、登場人物欄に挙がっている名前が多すぎるということも言えますが、それは、本書が『そして誰もいなくなった』のようなサスペンスな展開を見せる以上仕方のないことではあります。 もっとも、裏でどんなことが行なわれているかというのは結構丁寧に説明されていますのでミステリとしての驚きはそんなにありませんし、土壇場になって明らかになる予想通りの意外な裏切りは意外でもなんでもありません。にもかかわらず、とても衝撃的で満足感のあるラストなのです。まさに、”どう見せるか”ということなのでしょうね。 (それに、この悪役の悪役っぷりが個人的にはたまらなく好きです。) ファンタジーでもありホラーでもあり、そしてサスペンスもあって、さらにはひとつの演劇が完成するまでの物語としても読めるわけで、イロモノと思われがちな世界設定とは裏腹にとても間口が広い作品です。ぜひぜひ多くの方に読んでもらいたい一冊です。 絶版だけどね!(笑) ちなみに、やはり長命の吸血鬼であるジュヌヴィエーヴが登場する、しかし本書とはまた違った世界の物語として《ドラキュラ紀元》シリーズ(第一部『ドラキュラ紀元』)があります。このシリーズの著者キム・ニューマンとジャック・ヨーヴィルは、名義違いの同一人物です。本書が楽しめた方は、こちらのシリーズも間違いなく楽しめるはずですのでオススメです(こっちのシリーズも絶版だけどね!)。 |