あなたに不利な証拠として
原題:ANYTHING YOU SAY CAN AND WILL BE USED AGAINST YOU
著者:ローリー・リン・ドラモンド
(Laurie Lynn Drummond)
訳者:駒月雅子(こまつき・まさこ)
出版:ハヤカワ・ミステリ
装丁:表紙印刷 大平舎美術印刷
初刊:2004
定価:544円+税
ISBN4−15−001783−2

 あなたには黙秘する権利がある。あなたの発言は法廷で不利な証拠として扱われる可能性がある。
 You have the right to remain silent. Anything you say can and will be used against you in a court of law.

――ミランダ警告

 本書は、ルイジアナ州バトンルージュ市警で5年間女性制服警官として勤務した経験のある著者が、退職後12年間かけて書き上げた12の短編集です。
 やはりルイジアナ州バトンルージュ市を舞台に、キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラの5人の女性警官のそれぞれを主人公にした短編集です。基本的には独立したものですが、ときに重なり合いながら、彼女たちの警察官としての生活を瑞々しくも淡々とした筆致で描写していきます。
 警察小説の短編と言えば『第三の時効』などで知られる横山秀夫の作品を思い浮かべる方もいらっしゃるかと思います。そっちも確かに重いですが、ジャンルとしてはミステリとして読めるような工夫というか構成になってます。したがいまして、重々しい割には読ませる物語に仕上がってます。これは何も横山秀夫作品に限ったことではなく、警察小説と言えば普通はミステリの中のジャンルの一つとして親しまれているのではないかと思います。
 ところが、本書の場合は重々しいのに加えて、そうしたジャンル的な指向性が感じられません。ミステリとかサスペンスとか、そういうドラマチックな物語性はありません。地味と言えば地味なのかもしれませんが、それにしては読後感があまりにも重すぎます。

 最初の3つの主人公はキャサリンです。
 〈完全(Absolutes)〉では、被疑者を射殺した彼女の体験談が語られます。まず被疑者を撃ったということが語られて、具体的状況は最後になって明かされます。このような叙述スタイルだと、よくあるミステリとかでは意外な真相が最後に待ってたりするものですが、そういうことは一切ありません。そのことが、本書全体の持つ意図・方向性を暗示していて読む側の気持ちを引き締めます。最初に配されるに相応しい物語です。
 言葉について考えると、その定義の嘘っぽさに驚かされる。立派で冷ややかな文章を指でなぞってみるが、どの定義にも血の通っていない作り話だ。(p23より)
 〈味、感触、視覚、音、匂い(Taste,Touch,Sight,Sound,Smell)〉は、警官としてのキャサリンの経験が五感を通じて語られます。文章という文字の羅列が、読者の思考のみならず感覚の領域にまで染み渡ってきます。実に嫌な感じです。
 この話では、キャサリンが新人だった頃、教官時代、子供時代と、時間の流れが唐突に切り替わるのも特徴的です。ストーリーという”線”ではなく、タイトル通り感覚という”点”に着目した結果の趣向だと言えるでしょう。
 サラとロビロがちょっと出てきてます。
 〈キャサリンへの挽歌(Katherine's Elegy)〉の語り手の視点はとても不思議です。形式的には警察学校の訓練生の一人ということになってますが、その描写はときに三人称・神の視点のような踏み込みを見せつつも、しかしすべてを見通すことは決してありません。
 神話から事実を、つまり希望的観測から現実を切り離すことは、事実が繊細な作業で組み立てられている以上、不可能だ。時間が経った話は独自の道を進み、細かい事柄を新たに見つけ出して入念につけ加えたり、辻褄が合わなければ捨てたりする。どんな新人警官も犯行現場を二、三回経験すれば何かが語れる。だが詳細に至るまで真実だといったい誰が請け合えるだろう。誰もがそれぞれの見方を持っている。目がかすんだり、閉じたりすることはないだろうか? 強調や誇張はないだろうか?(p74より)
というのは、本書の語り手の言葉を通じて、警官としての経験を小説にしている著者自身の心情を吐露したもののようにも思えます。

 リズを主人公とした2つの物語はどちらもとても短いです。
 〈告白(Lemme Tell You Something)〉で語られるのは罪の意識。
 〈場所(Finding a place)〉では、彼女が警官を辞めた理由が語られます。殺人も自殺も交通事故も、人の命が失われていることには変わりなく、人の命は等価です。アメリカと言えば銃社会というイメージがありますから、警官の死傷原因は銃やナイフより車の衝突事故のほうが多い(p91より)のには少し驚きました。
 著者の経歴を考えると、警官を退職した彼女のエピソード・心理状態にはとてもリアリティが感じられます。
 モナと一緒に仕事をしていたのがとても印象的です。

 モナの物語は拳銃の物語でもあります。
 〈制圧(Under Control)〉は、銃を互いに向け合う警官と被疑者という、緊迫のワンシーンを切り取った短編です。本書全体に言えることですが、銃の存在感がとても大きくて、それがもっとも顕著なのがモナの2つの物語だと言えるでしょう。
 〈銃の掃除(Cleaning Your Gun)〉は、二人称の変わった短編です。二人称小説の場合、本書だと「あなた」ですが、読者に直接語りかけることで読者を物語内に取り込もうとするのが普通(と言ってもサンプルは少ないですが・笑)でしょう。
 ところが、この物語はそうではありません。「あなた」と言いながらも別に向けて読者に語っているわけではなく、ですから、どちらかと言えば「わたし」なのですが、しかしそれとは明らかに違います。自分を冷めた目で見つめる自分というものに心当たりはないでしょうか? それに近い感じですが、それよりさらに遠くて手の届かない感覚です。例えれば、ぬいぐるみに向かってつぶやいている独り言を聞かされているような、そんな危うくてたまらない孤独な気持ちが、二人称という特殊な趣向によって見事に表現されています。本書収録の短編の中でも白眉の出来だと思います。

 キャシーの物語は〈傷痕(Something About a Scar)〉
 警官を志望していたキャシーは、経験を積むために〈被害者サービス〉のプログラムに参加します。そこで、レイプ未遂事件の被害者のサービスを担当することになります。被害者の女性は犯人にナイフで刺されたと主張し、キャシーもそれを信じます。しかし、事件の担当刑事だったレイ・ロビロは、証拠が見つからないことなどから事件はなかったと判断し、被害者の傷は自分でつけたものたどして処理してしまいます。
 それから6年が経って、キャシーはロビロと結婚し、地域連絡官の仕事をしていました。それは、市民と警察の橋渡しとして、対象となる事件について再捜査が必要かどうかを判断する仕事です。そこへ、6年前のあの事件が持ち込まれました。
 事件の捜査・訴追といった公権力の行使は恣意的に行なわれてはいけませんから、こうした市民からのチェックを受けることはとても大切だとは思います。しかし、被害者にとっても警官にとっても、このシステムは負担がかかり過ぎるように思います。

 サラの物語は〈生きている死者(Keeping the Dead Alive)〉〈わたしがいた場所(Where I Come From)〉。二つで一つの物語です。
 殺人事件が発生して、それが思わぬ事態へと発展してしまい、それに苦悩するサラが安らぎを得るまでのストーリーです。もっとも、これで解決になってるのかどうかは異論もありまくりでしょうが。
 今までの短編に比べると、もっとも小説らしい小説です。それだけに、この物語で起きてしまったことはとても重いです。
 キャシーもちょっとだけでてきます。この”ちょっとだけ”というのがポイントで、本書の主人公たちは苦悩を共有できる関係になれると思うのですが、そうはなっていません。この物語の主題は孤独だと思いますが、それは本書全体を通して言えることだとも思います。
 孤独というのは、他者との関係性においてだけではありません。警官として生きていくことが、自分の他の面、親であり子供であり妻であり女であることといった、そうした面との孤独、すなわち自分自身の中ですら孤独になってしまっているのです。一番難しいのは自分自身を赦すこと。それは、救いと呼ぶにはあまりにも過酷な結末であるように思えてなりません。


 明るく楽しいハッピーエンドな物語が読みたいって人にはオススメできませんが、短編で読みやすくて、それでいてずっしり重い読後感が味わえるという点で、お買い得なことは間違いありません。
 あと、短編集ではあるのですが、本書を読まれる場合には頭から順番に読み進めることを、伏線がどうとかネタバレがどうとかそういうことは全くないのですが、それでも何となくオススメしておきます。


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