| 大いなる助走 |
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著者:筒井康隆(つつい・やすたか) 出版:文春文庫 初刊:1982 (ただし2005年に新装版刊行。本書評はそれをベースにしています。) 装丁:カバー 山藤章二(原稿 著者自筆) 定価:619円+税 ISBN4−16−718114−2 |
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[あらすじ] 同人誌「焼畑文芸」に載った初めての長編小説が、意外にも「直廾賞候補作品」となったことで、市谷京二の人生は一変する。 作品のテーマとなった市谷の勤務先の上司、マスコミ、市谷の文芸仲間、編集者、選考委員たちのそれぞれの思惑が市谷に襲い掛かり、やがてそれはとんでもない悲劇に……。 直木賞三回落選の経歴を誇る著者が放つ会心の一冊! 『文学賞メッタ斬り![→Amaozn]』(大森望・豊崎由美/PARCO出版)は文学賞を客観的・横断的に評価している本ですが、そうした文学界の内幕に興味のある方にとっては本書もまた必読書でしょう。 と言いながらも、本書で描かれている文学界・文壇は今となってはなかなかイメージしづらいものがあります。主人公の市谷京二は、まず地方の同人誌に小説が載って、そこから一般文芸誌に直廾賞(もちろん直木賞のパロディ)候補作品として掲載されます。小説家になるためのキッカケとしてまず同人誌があったわけです。しかし、現在では何らかの出版社の新人賞に応募しての作家デビューが一般的ですし、さらにはネット小説がベストセラーなんてことも近年は起こったりしてますので、今とはだいぶ違う感じがします。 それに、本書では随分といばったSF大作家がでてきますが、アイヨシが本格的に読書を始めた時には既にSF冬の時代(最近はほんのちょっと盛り返してきたらしい)だったので、そういう時代もあったんだなぁ、と文学史を勉強しているような気分になります。 ですけど、同人誌仲間の間で語られる文学談義は十分に面白いです。何のために小説を書いているのか、などというそもそも論は、ネットが広く普及している現在、たくさんの人がブログなどの日記を書き、書評・感想を熱心に語り、さらにはネット小説を書いて発表している人もいる今だからこそ、多くの方の共感・反感を呼ぶことができるのではないでしょうか。 こうした内部事情を描いた小説の場合、どこまでが本当なのだろう? というのが気になります。巻末の大岡昇平の解説によれば、市谷が編集者に土下座して選考委員に金銭と性を提供するあたりから筋の進行がファンタスティックになってくる、ということですから(そりゃあそうだろ)、逆に言えばそれより前の部分は真実味があると思ってよさそうです。ただ、そうしたファンタスティックなストーリー展開こそが読みどころ・面白ポイントなことは間違いありません。 本書は確かに直木賞を三回落とされた(しかもいまだ未受賞)著者の私怨こそが執筆動機・アイデアの源泉ではあるでしょう。何でも著者は、本書について聞かれたときに「私怨ばらしでない文学があるか」と開き直ったそうです(笑)。 しかし、それを暴露本めいたものにするのではなく、きちんと小説にしたことが素晴らしいです。素晴らしいですけれど、そこにこそ恨みの根の深さを垣間見ることができるようにも思います。小説というフィクションにすれば、実在の人物からの名誉毀損訴訟といったクレームもつきません(もちろんやり過ぎたらダメです)し、それでいて分かる人には分かるわけですからね。実際、この作品が雑誌に連載されていたときに、当時直木賞の選考委員だった作家が編集部に連載中止の圧力をかけたこともあったみたいです(→参考)。 それに、市谷は結局直廾賞を落選しちゃうのですが、そこにつけられた選評は著者=筒井康隆が実際に直木賞を落選したときにつけられた選評をそのまま使ってるのだそうです。恐ろしや恐ろしや(笑)。 中盤以降は確かにファンタスティックな展開ですが、勤めている会社の内情・悪事を暴露した小説を書いた市谷が馘首になる下りが変に巧妙と言いますか、リアリティがありすぎるように思います。え〜っと、フィクションですよね?(笑) でもって後半のスピード感抜群の展開には理屈抜きで楽しませてもらいました(動機になかなか気付いてもらえないのが特に笑えました)。 あまりにハチャメチャでブラックなので不快に思われる方もいるかもしれません。しかし、確かに私怨で書かれた本書ですが、実は著者自身も文壇内の人間である以上その怨嗟・毒舌の対象になってしまっているという自虐的要素を加味して読んでいただければ、多少は納得行くかと思われます。 筒井康隆という作家は、『虚人たち』や『虚航船団』、『残像に口紅を』などの実験的な小説を描くことで、「小説(あるいは文学)とは何か?」というギリギリのきわどい線を追求しています。私はこれらの作品はとても面白いと思ってますし、傑作だとも思ってます。 しかし、これらの作品はそのギリギリさ、あるいは意識的なものとはいえあまりにメタフィクション的な性格ゆえに、それが作り物・虚構であるという言わずもがなのことを読者に認識させてしまい、普通に作中の登場人物に感情移入をして物語を楽しみたいタイプの読者にとっては敷居の高いものになってしまっていると思います。 その点、本書は私怨交じりで私小説めいてるとはいえ、いわゆる普通の小説です。それでいて文壇内の事情を小説にしているわけで、やはり小説とは何かということがテーマとなっている小説であることは間違いありません。ネタやストーリーこそキワモノかもしれませんが、小説の存在意義を追求している著者の問題意識からすれば、私怨がなくとも本書のような小説はいずれ書かれていたのだと思うので、そういう意味では、本書はちゃんとしたテーマ・問題意識に基づいて書かれているということが言えます。 もっとも、私怨が加わってるからこそこんなに面白可笑しく読めるものに仕上がってるというのも事実でしょうけどね(笑)。 |