| 神様のパズル |
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著者:機本伸司(きもと・しんじ) 出版:ハルキ文庫 初刊:2002 (但し、2006年文庫版刊行に際し大幅に加筆修正。) 装丁:装画 D・K 定価:680円+税 ISBN4−7584−3233−3 |
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[あらすじ] 留年寸前の大学生・綿貫基一は担当教授から、飛び入学で16歳の天才不登校生・穂瑞沙羅華をゼミに参加させるよう命じられる。 綿貫はゼミに参加するよう穂瑞に誘いをかけるが、他の凡庸な学生と一緒に勉強することなど何もない、と穂瑞はそれを断る。それなら、「宇宙が無からできたと言われているが、そうであるならば宇宙を作ることができるのではないか?」と半ば自棄気味に綿貫が疑問をぶつけると、驚いたことに穂瑞はゼミに姿を見せる。 そうして、綿貫は穂瑞とともに、ゼミの単位をかけて宇宙の作り方という難題を立証しなければならなくなったのだが……。 第三回小松左京賞受賞作品。 神のパズル――それはアインシュタインが言ったとされる言葉(ホントのところは定かじゃないみたいです)ですが、本書ではこの神のパズルというものに、宇宙の作り方、宇宙という存在を通じて迫っていくことになります。 てなことを書いてしまうと、いかにもハードSFで難解な用語や知識が飛び交ってとてもハードルの高い作品なんじゃないかと思われてしまうかもしれません。しかし、さにあらず。確かに難しい物理用語・理論は飛び交いますし、アイヨシにも何のことやらサッパリ分かりません(トホホ)。 それでも、本書は十分に楽しめます。それには、まずストーリー上の必然があります。ちょっとネタバレになっちゃうかもしれませんが、そうしたことはどうでもいいって主人公自身が最後の方で言っちゃってますからね(笑)。ですから、分からなくても安心です。もっとも、分かってる方が面白いことは間違いないでしょうが。 それに、宇宙の作り方という壮大なテーマであるにもかかわらず、主人公たちの行動は大学生としてのそれをはみ出ることはありません。遠大なテーマと実際にやってることのギャップにそこはかとないをかしさがあります(笑)。 内容的な側面だけでなく、ストーリーテリング上の工夫もちゃんとしてあります。一つは、本書の語り手であり主人公でもある綿貫が、物理を専攻している大学生にしては心配になるくらい物理学について疎いからです。ですから、読者の疑問は綿貫の疑問ですし、そうした疑問については綿貫が調べるなり穂瑞が説明するなりして、それなりに解消してくれるので、読んでて「騙されてるんじゃね?」って気にはなってもストレスを感じることはほとんどありません。 それに、本書の時代設定は現代よりちょっと未来です。具体的には平成27年から28年で、精子バンクが合法的なものとして運営されてて、自動車が燃料電池で動いてるくらいの未来です。そうした未来が舞台なので、そこで展開される物理学自体にも作者の考える物理学という架空のエッセンスが加味されています。物理学に詳しい人は、どこら辺までが既存の物理学でどこからが作者の想像なのかを考えるという楽しみがあるでしょうが、そんなこと分かるはずもないアイヨシのような文系人間からしてみれば、どうせ架空の物理学なんだから必死になって理解する必要もあるまい、という免罪符が与えられていることになります(笑)。 もう一つ大きな要素として、本書は一見してミステリの体裁をとっているというのも読み易さの一因として挙げることができるでしょう。 解説で大森望が述べているとおり、穂瑞沙羅華(ほみず・さらか)=シャーロック・ホームズで綿さん(穂瑞は綿貫のことを綿[わた]さんと呼ぶ)=ワトソンです。さらに、二人の最初の出会いで、は綿貫の身なりを見て、瑞穂が彼のアルバイト先や貧乏学生であることなどを推理してみせるのですが、これなんかまさにホームズとワトソンの関係です。 また、「宇宙の作り方」という超難問に対するアプローチとして、 「私たちがこのパズルを解くために、宇宙を生みだした存在を想定して、あれこれ推理してみるのも一つの手かもしれませんね。”彼”は一体どうやったのか――。その手口を調べ上げれば、私たちにもできるかもしれません。宇宙を作ることが――」 「まるで犯人探しね」(本書p83より) といった感じで話は進んでいきます。 本書のミステリ的な要素を頭に入れて読み進めていくと、ちょっとだけ物語の筋が読めたり納得できたりすることがあります。 (以下ネタバレ↓) 穂瑞のパソコンにハッキングしたりデータを盗んだりしたのが森矢教授なのも森矢教授=モリアーティ教授と分かれば当然ですし、穂瑞(=ホームズ)が増水した川へ飛び込み、そして再び姿を現すことも十分予想できることではあります。 (↑ココまで) 本来は難解なハードSFになりがちなところを、ミステリという補助線を示してくれてることで読み易いものになっていると思います。 とか言いながらも、本書は絶対的なまでにハードSFで、さらにはそれ以上に青春小説です。 宇宙の作り方に行き詰ったときに綿貫は穂瑞に、「人間がこうまでして知りたいことって、一体何なのかなあ……」と問いかけますが、それに対して穂瑞は「自分のことさ」と答えます。宇宙についての疑問が自分という個に対する疑問へ、あるいは自分に対しての疑問が宇宙への疑問に立ち向かわせるのか。いずれにしても、宇宙の問題と個の問題が等価なものとして穂瑞を絶望的なまでに苦悩させます。アイヨシの勝手なイメージですが、フラクタル(Wikipedia→フラクタル)、世界を大きく見ても小さくみても同じ模様が見えてしまうような、そんな感じを覚えました。 そうした苦悩の先に穂瑞が考え出した宇宙についての仮説:TOE=統一場理論(Wikipedia→統一場理論)は、宇宙の在り方のみならず生命についても物理的な存在であることを説明してしまいます。 こんな感じで、基本的に本書は、宇宙の作り方についての考察と、宇宙は作れる派と作れない派とのディベートで物語は進んでいくのですが、その一方で綿貫は何故か米作りのアルバイトをすることになります。宇宙についてのディベートがあくまで理論的な作業であるのに対し、米作りは老婆の経験則に則ってのみの作業です。この対比が実に巧みだと思いますし、物語に牧歌的な雰囲気を醸し出すことにもつながっています。 天才的な頭脳を持ち、人との関わりを出来るだけ避けて自らの思索に没頭する穂瑞と、物理を専攻してるくせに物理学についての知識に乏しく、恋に破れ就職に苦労してアルバイトに励んで農業する綿貫と、実のところ宇宙についてどっちの方が詳しく知っているのか? 本書は基本的にはSFだと思うのですが、物語全体を通しての切なくほろ苦い雰囲気からして、その本領はやはり青春小説にあるように個人的には思います。そういう意味で、ライトノベル的なアニメ絵の表紙は正解だと思います。 主人公である綿貫の日記の形式でストーリーは語られますが、”彼”、すなわち神の存在が一大テーマとなってる本書のクライマックスが10月=神無月に訪れるというのもとてもしゃれた構成だと思います。 そんなわけで、ミステリとしてもSFとしても青春小説としても読むことのできる本書は、多くの方にオススメし易い一冊です。 どうでもいいですが、解説で大森望が穂瑞沙羅華のことを、最近のキャラ分類で言うとツンデレ系(本書p362より)としていますが、絶対違うと思いますしちょっと許せません。(”ツンデレ”についてはこちらをどうぞ。) |