| 七回死んだ男 |
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著者:西澤保彦(にしざわ・やすひこ) 出版:講談社文庫 初刊:1995 装丁:カバーデザイン 亀海昌次 定価:590円+税 ISBN4−06−263860−6 |
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[あらすじ] 自らの意志とは無関係に時間の「反復落とし穴」にはまってしまう体質を持つ久太郎は、繰り返される時間内で死を迎えてしまう祖父の死を防ぐためにあらゆる手を講じる。しかし、あちらを立てればこちらが立たず、久太郎は時間の因果をなかなか切断することができない。繰り返される喜劇的悲劇の先に待ち受ける意外な真実とは……? SF的設定をルール化したミステリであるSFパズラー(西澤保彦はミステリについて語るときによく”パズラー”という言葉を使います。森博嗣の”ミステリィ”のようなものでしょう)の名手として知られる西澤保彦ですが、本書は、『幻惑密室』を始めとする「神麻嗣子の超能力事件簿シリーズ」や、あるいは『死者は黄泉が得る』のようなノンシリーズにしても、とにかくたくさんのSFパズラーの傑作をものにしている西澤作品の中でも傑作の呼び声が高く、アイヨシ自身もお気に入りの一冊です。 1日をブーンと9回ループする(ワープはしない)という設定自体はSFチックです。しかし、SFの場合にはそのような現象の原因解明や現象の解消のために科学的な理論・方法論が飛び交うわけですが、本書ではそうしたことは一切行なわれません。 9回ループという現象が生じるということをまず受け入れて、その上で、そうした「反復落とし穴」というものについての説明=ルールが定められて、それに従ってストーリーは進展していきます。SFから科学的な要素をとっぱらって、ドタバタ面白シチュエーションのみをピックアップしただけの良いとこ取りともいえますが、ルールという縛りがあるため過剰にファンタジックな展開にもならず、安心して読むことができます。 SFパズラーを楽しめるかどうかは、突飛な前提(本書でいえば「反復落とし穴」)を受け入れることができるかどうかだと思いますが、そのハードルは案外低いと思います。まず、SFをたくさん読まれている方であれば、そうした現象の発生・解決といったSF的仮説にはいくつも心当たりがあるでしょうから、すんなりと受け入れることができるでしょう。 また、通常のミステリでも、ありえない遺言状や考えられない建造物など、非現実的な設定は実は珍しくないわけで、結構無茶な前提条件にも免疫があると思われますので、やはり問題ないでしょう(笑)。 とはいえ、奇妙奇天烈な遺言や建物は経済的・常識的にあり得ないのに対し、SF的設定は科学的にあり得ないのであって、同じ”あり得ない”でもレベルが違うものであることは否めません。そうした科学的な条件に変更を及ぼすことは、厳密には他の物理やら数学やら何やら様々な理論をぶち壊し、ひいては論理性といったパズラーにとって必要不可欠な要素すら崩壊させてしまうということは、『人格転移の殺人[→Amazon]』(西澤保彦/講談社文庫)の解説で森博嗣が指摘しているとおりです。著者自身が本書のあとがきでSFパズラーを”変化球”であって”直球”ではないと自虐気味に述べているのも、こうした点に自覚的であることの表れだと思います。 にもかかわらず、本書がミステリとして一定の評価がなされ、かつ、アイヨシ自身が傑作だと感じるのは、勿論全部が全部というわけではないのですが、ミステリを語るときに論理的論理的って騒ぐ割には、必ずしも厳密な意味での論理性が要求されてるわけではないということでしょう。ってゆーかしょせん小説ですからフィクションですから(コラコラ)。 要は面白ければいいわけで、自分に正直になれば、やっぱり本書は面白いです。 9回反復に陥った久太郎の境遇・考え方も面白いですし、9回目さえ成功させればいいというロジックはいかにもゲーム的で、祖父の命を守るというシビアな目的がある割にはコミカルなストーリー展開になってることの一因でもあります。 また、いわゆる普通のミステリの場合には、既に発生してしまった事件の真相を解明することが名探偵の役割で、当たり前ですが”死”そのものをなかったことにすることはできません。ひどいときにはたくさんの被害者の死をつなぎ合わせることで論理を完成させてその上間違える、なんてこともあるくらいです(それはそれで面白いですが)。 そうした、ほとんどのミステリが不可欠の前提条件としている”第一犠牲者の死”というものが、本書の場合、「反復落とし穴」を前提とすることで、前提条件ではなく解決案件事項となるわけです。そうした普通のミステリに対してのアンチテーゼ的な面白さ、メタミステリ的な面白さが本書にはあります。 不幸な未来を改変するために過去で苦労するというのはタイムトラベルもののSFではよくあることですが、本書もそのお約束どおりに主人公の久太郎は苦労することになります。祖父の死亡原因をつきとめたと思ってそれに対して予防策を講じたつもりが、そのことでまた思わぬ事態が発生して結局同じ結果が発生するということが何度も起きます。 あちらを立てればこちらが立たず、囲碁や将棋で”待った”をしてもなかなか良くならないような苛立ち、勝利を求めて最善の手順を模索する知的作業はまさにミステリ(パズラー)の醍醐味です。 本書の解決案件事項が祖父の死であることは間違いないのですが、実のところ最後には意外な落とし穴が待っています。それについてはネタバレしたくないので詳しいことは述べません。しかし、伏線はとても巧妙に張られていますし、結末もドラマチックです。 SFパズラーは確かに厳密な意味での論理性を欠くものかもしれません。しかし、そうした揺らぎも人の意思によって確たるものとすることができます。信じることで解かれる謎の美しさは、傑作ミステリを語る上でときどき用いられる、カタルシスという言葉をもって表現するに相応しいものだと思います。 |