| バーチャライズド・マン |
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原題:THE SILICON MAN 著者:チャールズ・プラット(Charles Platt) 訳者:大森望(おおもり・のぞみ) 出版:ハヤカワ文庫 装丁:カバー 木嶋俊 初刊:1991 定価:621円+税 ISBN4−15−010996−6 |
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[あらすじ] 21世紀のロサンジェルス。FBI捜査官ベイリーはハイテク武器の闇取引を調べていた。その捜査線上に、航空宇宙研究所の研究員たちが容疑者として浮上してきた。科学者たちがなぜそんな犯罪に関わっているのか? ベイリーはノーベル賞を受賞した天才コンピュータ科学者が黒幕であることを突き止めるが……。 人間の心をスキャンすることによる電脳空間内での不死、すなわち、現実から仮想空間内での生へと至る過程をサスペンスフルに描いた傑作長編SF。 「おれが思ってるのは、自分の人生を好き勝手に編集して、ささいな不満までいちいちぜんぶとりのぞいていたら、人間であることの意味を忘れてしまいやしないかってことだよ」 「しかし、わたしは人間ではないのだよ、ベイリー。そしてきみも。いまのわれわれは、情報形態だ。脱獄囚がかつて住んでいた独房になんの借りもないのと同様、われわれは現実世界になんの借りもない。われわれはこの場所を望みのままいかようにでも動かすことができるし、払うべきペナルティは存在しない。率直に考えたまえ」 (本書p326より) 私は、本書の存在を『SFはどこまで可能か?[→Amazon]』(福江純/空想科学文庫)によって知りました。『宇宙旅行はどこまで可能なのか?』とか『タイムマシンは可能なのか?』といった、SFと現代科学との関係を解説している本なのですが、第9章『不老不死は実現するのか?』は、不老不死の可能性の一つとして、ヒトの記憶や意識をトレースすることで肉体を捨てて、ソフトウェアとして丸ごとコンピュータ――サイバースペース――に移植してしまう情報体としての生を扱ったSFについて解説しています。その中で、『バーチャライズド・マン』は、何と言ったらいいか、まぁ、現在におけるヴァーチャル・リアリティ(仮想現実)をちゃんとSFしたらこうなりました、という傑作である(同書p211)と紹介されています。 で、古本屋を巡りに巡って運良く手に入れることができたわけですが、期待以上の面白さに大満足です。 物語は二部構成になっています。 第一部では、FBI捜査官であるベイリーが、ハイテク武器の闇取引の捜査の中で、科学者たちの不審な動きを察知します。科学者たちは、自分たちの研究費を捻出するために武器の密売を行ない、会社の研究費を横領していたのです。そうまでして彼らが研究しているものは何か? それがライフスキャン、コンピュータに知性をアップロードすることによる情報形態としての生命のモデル化です。一般に知れ渡ったら非難の嵐に浴びること間違いのない研究であるために、彼らは秘密裏にそれを行なってきました。彼らには彼らなりの描く、人類のあるべき未来像という信念があります。また、研究者の一人であるロザリンド・フレンチと、彼らの黒幕である天才コンピュータ学者レオ・ゴッドバウムは不治の病で余命いくばくもない状態であったために、外部の邪魔者によって研究を中断されることは何としてでも阻止しなければなりません。そこで彼らは、ベイリーを肉体的には死を、しかしながらライフスキャンによる生を与えることで、研究を計画通りに進めることを決断します。そうして、ベイリーは死にます。おいおい、主人公が死んじゃったよ! ……第一部までとはいえ、すごいネタバレですね(苦笑)。ホントだったらここまで言及することはしないんですが、何せ絶版本ですから多少は止むを得ないと目をつぶって下されば幸いです。ってゆーか、第二部はもっと凄い展開でもっと面白いのです。 第二部は、情報形態としてコンピュータ内で生きることになってしまったベイリーの苦悩と、自らの意思で情報形態になったレオ・ゴッドバウムやロザリンドとの会話、ベイリーの”死”の真相を突き止めようとする彼の妻シャロンの奮闘など、知的興奮が満載です。 電脳空間内での生については、別に本書でなくとも他のSFで既にいくつかの表現がなされてますから、取り立てて独創的なものとはいえないかもしれません。基本的には思ったことが全て実現する世界なので、自ら望んでそれを選んだ人間にとっては楽しいのかも知れませんが、無理やり来させられたベイリーにしてみれば全く面白くありません。 そんな中、図らずも情報形態として生きることになってしまったベイリーが、少しでもリアルワールド(=現実)での生活を取り戻そうと、自分の妻と子供のシミュレーション(=擬似形態)を作り出そうとするところは、感動的といえば感動的ですが、悪趣味といえば悪趣味です。ベイリーも自身もやはりその作業を途中で放棄してしまいます。ですが、人と人との関係性が人格の本質であると考えるならば、電脳空間内で情報形態が情報形態を作り上げることをあながち不可能ごとと断じることにも抵抗を覚えます。ゴッドバウムじゃないですが、ベイリーはあきらめるのが少々早過ぎたようにも思えますが、こんなこと考える私自身にも人でなしなところがあるのは否めません(苦笑)。 さすがに第二部のネタバレは差し控えますが、知性あるコンピュータウィルスとして、電脳空間内でまさに”神”として君臨するゴッドバウムの存在感は圧倒的です。それと、このラストはもの凄いです。何かこう、とてもハッピーエンドとは思えないので、人によっては「ふざけんなよ!」って思われるかもしれません。しかし、おそらくこの結末は必然でしょうし、苦々しさがたまらないとも言えます。 人間の記憶や人格をダウンロードする技術が現実化している設定の近未来傑作SFに『順列都市[→Amazon]』(グレッグ・イーガン/ハヤカワ文庫)などがあります。本書は、そこに至るまでの過程を、SFとして技術的ハードルや倫理的抵抗感などを真摯に考察した傑作なのですが、そうした沿革的な価値を抜きにしても、ひたすら面白いSFとして自信を持ってオススメできる作品です。古本屋で見かけたら是非即買いして下さい(笑)。 |