心のなかの冷たい何か
著者:若竹七海(わかたけ・ななみ)
出版:創元推理文庫
初刊:1991
装丁:カバーイラスト 朝倉めぐみ
定価:780円+税
ISBN4−488−41702−7

[あらすじ]
 会社をやめて失意に沈んでいたわたしこと若竹七海は、一人旅の途中で一之瀬妙子と出会う。彼女は性格的に決して気の合うタイプではなかったが、とても印象深いものとしてわたしの記憶に残った。
 旅行から帰ってしばらくはアルバイトをしたりして平凡な毎日を過ごしていたわたしだったが、12月に入って突然彼女からクリスマス・イヴの約束を取り付ける電話がかかったきた。しかし、間もなく彼女が自殺を図ったという連絡が入る。思わぬ悲報に戸惑うわたしのもとに、彼女の記した”手記”が送られてきた……。



「それ、面白くなかったわよ」
「まだ読み始めたばかりよ」
「よかったじゃない。読み終わる前に、面白くないってわかったんだから」
(本書p17より)


 一応、時間的には前作『ぼくのミステリな日常』の後日譚ということになります。本書でわたしが会社を辞めてる理由も前作を読めば分かります。ストーリー的な意味だけでなく、前作と本書は共に重層的な構造がポイントとなってるという意味でもシリーズものと言ってよいのかもしれません。
 ただ、前作は連作短編でその真相はとてもパズル的な本格ミステリだったのに対して、本書の場合は長編ですし、展開も真相もそんなにロジカルでアクロバティックなものではありません。確かに仕掛けはあるのですが、どちらかと言えばサスペンスというかハードボイルドな感じです。それに、前作とのストーリー上のつながりは実のところほとんどありません。正直アイヨシも前作のことなんか全く覚えてない状態で読みましたが、全然問題ありませんでしたし、むしろ覚えてちゃうと本書も本格ミステリかと構えて読んじゃって損するかもしれません。そういう意味で、前作を知らない方に対しても無条件でオススメできます。

 本書は二部構成になっています。
 第一部では一之瀬妙子の手記が主な内容となるわけですが……はい、あっさりと引っ掛かりました(笑)。いや、ミステリに限らずマンガなんかでもよくある仕掛けといいますかオチではありますが、まあ、こういうのは引っ掛かって読んだ方が感情移入して読めますから得というもんですよね(←超負け惜しみ)。

 で、第二部ではわたしが手記の内容を受けまして、果たして手記の内容はどこまで真実なのか? 手記と妙子の自殺との関係は? 何故手記はわたしのところに送られてきたのか? といった真相への探求が始まります。それは、”心のなかの冷たい何か”と向かい合うということでもあります。
 正直、作中の登場人物のほとんど全てに感情移入できません。行動原理も納得の行くものはありません。そんな登場人物たちの心を指して”心のなかの冷たい何か”と言われても理解不能です。
 にもかかわらず、”心のなかの冷たい何か”というのは作品全体の通奏低音として寒々と流れています。それは、手記のリレーの最終走者としてバトンを渡されたわたしの苦悩が、それぞれの手記を記した者たちの心境にフィードバックされるからだと思います。
 小説家というのは因果な商売です。悲劇があれば悲しみを覚えつつも小説として使えるかどうかに思いをはせるでしょうし、感動的なものであってもそれを読者に伝えようと思ったらつらつらと文章を書き連ねれば良いというわけには行かず、客観的に冷静に文章を組み立てなければなりません。どうしようもなく冷たい何かと無縁ではいられないのです。作中の主人公(わたし)と作者の名前が同じなだけに、物書きとしての苦悩というものを考えずにはいられません。

 新宿二丁目の美少年と、わたしの高校時代の友人である小説家のラビ。
 ストーリー的には不要といってもいいくらいの端役なのですが、しかしこの二人とわたしの会話はとても心に残ります。
 美少年とはJ・G・バラードの短編『時間が語りかけてくる』(ちくま文庫『ザ・ベスト・オブ・バラード』[絶版→復刊ドットコム]所収)についてのやりとりがあります。ラビとは物語を書く人間の心理というものがやりとりされます。余談ですが、ラビは『ぼくたちのミステリな日常』にも登場してまして、ラビというのは宇佐という本名からきています。しかし、そのことをすっかり忘れていたアイヨシは宗教的指導者のラビをイメージしてしまいました。バカな話ではありますが的外れでもないように思います。

 真相を知ったわたしの決断。どちらを選ぼうとも後悔が残るであろう選択に対して正解なんてありはしないのでしょうが、心のなかの冷たい何かが温かくなるようなほんの一瞬が最後に訪れてたらいいなと、本書はそんな物語です。
 たくさんの人がネット上で掲示板に書き込んだり日記なんかをつづったりして表現活動をしている中でこの結末は考えさせられるものがありますね、何ていう説教臭い感想は丸めてゴミ箱へポイです(笑)。

 ちなみに、作者の文庫版あとがきが簡潔なものながら趣き深く感じます。もちろん本編を読んでから読むべきものですが、ケータイとかお茶くみとか煙草とか、確かに時代は変わりましたよねぇ(遠い目)。


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