| 黒い仏(BLACK BUDDHA) |
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著者:殊能将之(しゅのう・まさゆき) 出版:講談社文庫 初刊:2001 装丁:カバーデザイン 北見隆 定価:552円+税 ISBN4−06−273936−4 |
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[あらすじ] 九世紀の天台僧・円載にまつわる唐の秘法の宝探しを依頼された探偵・石動は助手のアントニオと共に福岡へと向かう。 その福岡県では時を同じくして、一つの指紋も残されていない部屋で身元不明の死体が発見されていた。 無関係に見える二つの事柄の背後には、闇の組織と暗躍とそれを阻止しようとする組織と、二つの大きな力の戦いがあった……。 [CAUTION! ネタバレ注意!] 本書は殊能将之の3作目で、名探偵・石動戯作シリーズの2作目にあたります。前作『美濃牛』が衒学趣味に彩られた割と古風な本格ミステリだったのですが、それが既にフェイクなわけですから恐れ入ります。 しかも、『美濃牛』というのはミノタウロスのダジャレなわけで、本書のタイトルもそれと同じでクロフツのダジャレで、クロフツなんだからつまり精緻なアリバイものなんだな、と思ってしまった時点で負けなのですから、意地が悪いというか何と言うか……。余談ですが、そういうわけで石動戯作シリーズは刊行順に読んでいくのがベストだと思います。 とはいえ、ハッキリさせておかないといけないのは、本書が間違いなく本格ミステリであるという点です。 アリバイとは時間的空間的な誤認による現場不在証明によって犯罪の実行が不可能であったことを示すトリックですが、ミステリにおいてもっともポピュラーなトリックである密室にしろはたまた遠隔装置等にしろ、すべてのトリックが広い意味でのアリバイトリックに該当します。その中で特にアリバイものと呼ばれるトリックの場合には、作中に時刻表などが出てきてそれを分析することで不可能性に反駁するわけですが、時間的空間的問題に直面していたはずが、暗号解読ミステリにいつの間にか転化しちゃってるのが、私の場合ですがときどき納得いかなかったりします。そういう意味では、本書が探偵に時間的空間的な錯誤を生じさせている、正真正銘のアリバイものであることは、既読の方には(しぶしぶながらでも)納得していただけると思います。あえて言いましょう。本書こそ純粋無垢なアリバイトリックであると! しかし、その真相が読者にフェアに提示されてるかといえば、厳密にはアンフェアなのでしょう。こんなファンタジックな展開が予想できるわけがありません(笑)。でも、読み返すと伏線はあからさまに張られています。それに、ファンタジーな条件を加味したSFミステリだって最近じゃ珍しいものでもないですから、本書をミステリというジャンルから排斥するのも偏狭というものでしょう。 実際、時間的な誤認がなぜか暗号ミステリというパズルに収束しちゃうのも、本書のように時空を捻じ曲げちゃうのも、作者の作為・恣意性という点では変わらないと思います。加えて、本書には開き直り・潔さ・新しさがあります。もちろん、新しければなんでもいいわけではないですが、一回だけならありでしょう。 名探偵さえ騙しおおせてしまうような驚愕の真相の場合、作中の登場人物を通さずに読者に直接伝えるメタ小説の形態をとることが普通でしょう。しかし、本書はそうしたメタな手法は採らず、人間の認識外の存在であるクトゥルフ神話を取り入れることで、メタ・ミステリ的な構造自体も物語の中に閉じ込めてしまっています。すごい荒業ですが、クトゥルフだと許せちゃうのが不思議なところです(笑)。 ということで、随所にクトゥルフ神話が元ネタな記述がいっぱいありますし、真相そのものがクトゥルフですけど、ただ、そうしたクトゥルフ的要素はあくまでアリバイミステリとしての本書の真相・構造をメタなものにしないためのギミックにしかすぎず、本書の本質はやはりミステリなのです。 ※Wikipedia→クトゥルー神話 したがって、クトゥルフ的要素はあくまでオマケなので、それに対する理解なんかは作中で触れられている程度のもので十分なのです。間違っても本書を読んだだけで「クトゥルフってこういうのなんだ」って思っちゃいけません(笑)。 ただ、気になるといえば気になります。そんなわけで無駄に労力を割いて調べてみましたので、以下は物好きな方のみご覧下さい。 ●『黒い仏』におけるクトゥルフ
以上ですが、アイヨシの知識・手元にある文献ではこれが限界です。他にもきっといろいろあるとは思いますので、ご教示いただけたら随時追加していきます。 ただ、お分かりの通り本書におけるクトゥルフ的な要素はお遊び的な側面が強いです。呪文なんかはふざけ過ぎてて笑っちゃいます。正確性だって怪しいもんですが、クトゥルフ神話の体系自体がアレンジの利く融通無碍なものなので誤謬を指摘してもあまり意味ないですし。 ですから、あんまり気にしなくてよいと思います。本書一冊を書評するためだけに『クトゥルフ全集』全7巻を読み通すなんて馬鹿なマネはアイヨシ一人で十分だと思います(笑)。 |