ニッポン硬貨の謎
著者:北村薫(きたむら・かおる)
出版:東京創元社
初刊:2005
装丁:石川絢士[the GARDEN]
定価:1700円+税
ISBN4−488−02382−7

[あらすじ]
 エラリー・クイーンを愛してやまない作家、北村薫のもとに願ってもない仕事が舞い込んできた。なんと、クイーンの未発表の長編原稿が見つかったので、それを翻訳して欲しいというのだ。
 その原稿は『THE JAPANESE NICKEL MYSTERY』、直訳すれば『ニッポン硬貨の謎』というタイトルであった……。



 本書は読者を選ぶ作品です。
 ですから、ここではエラリー・クイーンとは誰か? ということは説明しませんし、知らない人は読まない方がよいと思います。

 まず、エラリー・クイーンの未発表長編が見つかったということで、その原稿の中で作者の大好きなクイーンを登場させて、大活躍させています。
 それにかこつけつつ、自らのクイーン論(ここでは『シャム双子の謎』について)を展開させるという、ファン根性丸出しの内容になっています。さらに、『競作 五十円玉二十枚の謎』についての自らの解釈が物語中での事件の真相とからめて示されており、予備知識がかなり要求される作品となっています。

 本書で登場するクイーンは、いわゆる後期のクイーンなのですが、彼についての描写はいかにもクイーンらしさを強調するために、文学的な衒学趣味に満ちた言い回しが多用されて、脚注もうるさいくらいについてたりしますが、これも本歌取りならではでしょう。
 で、本書の一番の読みどころは、何と言っても作中では小町奈々子の説として語られる『シャム双子(双生児)の謎(秘密)』についての新説です。この新説をきちんと理解しようと思ったら、『シャム双子の謎』を予め読んでおいた方がよいのはもちろんのこと、『ローマ帽子の謎(秘密)』『チャイナ橙(オレンジ)の謎(秘密)』、さらにはヴァン・ダインの『カブト虫殺人事件』『僧正殺人事件』まで読んでおく必要があります。
 作中作ならぬ作中論文といった趣向ですが、同じ作者による似たようなプロットのものとして「円紫師匠と私」シリーズの4作目『六の宮の姫君』があります。ただ、『六の宮の姫君』の方は、完全にアイヨシの知識不足によるものなのですが(法学部出身者にはきついですよ・泣)、ついていくのがやっと、というか理解不能でした(苦笑)。その点、本書はある程度の予備知識があったせいで、十二分に楽しむことができました。もちろん、こうした違いは読者自身の素養によるものが大きいでしょうけれどね。

(注:本書の中では、『シャム双子の謎』『緋文字』『カブト虫殺人事件』『僧正殺人事件』の4冊について直接の真相をネタバレするものとして注意書きがされています。)

 実を言いますと、私自身は『シャム双子の謎』(『シャム双生児の秘密』)については低い評価しかしていませんでした。確かに面白いところもたくさんありますが、肝心の解決がクイーンのくせに全然論理的じゃないと思ったからです。だからこそ、この『シャム双子の謎』論には「やられた!」と思いました。そんな面白い読み方があったのかと(笑)。誤解をされると困るので付言しておきますが、単に面白いだけじゃなく、確かにこんな細かいことまでと思う点もなくはないですが、しかし説得力も十分あると私は思います。
 つまらない本も面白く面白い本はより面白く、をモットーとする者として、まだまだ精進しなければいけないなと思いました(笑)。

 ただ、本当に本書の後期クイーン的な雰囲気のパスティーシュを満喫しようと思ったら、クイーンの作品を最低でも10冊、いや20冊は読んでおかないと難しいと思います。それだけ読者を選ぶ本です。全然クイーンを知らないとしても、展開される論理じたいは大胆ながらも明解なものですので、ネタバレのリスクを冒しても構わないというのであれば、問題なく楽しめるかもしれませんが、正直そういう読み方はあまりオススメできません。

 で、本書全体を読んで感じたのが、偏執的にも感じられる『二重の円』についての拘りです。こうした偏向したプロットはいかにもミステリ的、もっといえば後期クイーン的で、そう考えれば強引とも思える事件の真相も許せてしまえます(笑)。
 まず、北村薫のもとに未発表原稿が届けられて、その原稿が物語として語られるという構造自体が二重構造です。また、『シャム双子の謎』論自体を支える『書表具の技法』・円環法は『二重の円』です。さらに、五十円玉は『二重の円』ですし、作中で発生する連続幼児誘拐殺人事件の犯人の動機も『二重の円』です。
 さらにいえば、後期クイーン論(私自身はこの問題について必ずしも理解しているとは言えないので不安はありますが……)的なミステリの問題点として、事件を起こした犯人(とされる人物)の背後に真犯人(=偽の証拠)があったとしても、物語中の探偵にそれを判別することはできず、したがって探偵は真相にたどりつくことはできないのではないか? という問題があります。
 本書がクイーンに対するパスティーシュであり、それも前期ではなく後期のクイーンであることが明示されていることからして、こうした物語の偏執的な展開自体が後期クイーンを意識した上でのものではないかと考えます。

 とにかく、読者を選ぶとは思いますがとても面白い本です。
 内輪ネタも多くて、本来なら私はそういうのは理解できるできないにかかわらずあまり好きではないのですが、でもそれを許せるくらいにクイーンについて深く語ってますし、クイーンに対する偏愛には微笑ましいものがあります。
 私はそれなりにミステリを読んでいると思うので人より詳しいつもりではいますが、本書のような作品に触れると、「オレなんてまだまだだな…」と思わずにはいられません(笑)。だからこそ、もっともっと読まなきゃな、と思うわけですが、本書のようなのを読むと、読む量だけでなく質というものについても考えさせられました。


書評TOPページへ