ファイナルの密使

著者:麻生俊平(あそう・しゅんぺい)
出版:富士見ファンタジア文庫
初刊:1997
装丁:イラスト 弘司
定価:660円+税
ISBN4−8291−2764−3


[あらすじ]
 佐波木とジェネラル。二人のザンヤルマの剣士の予期せぬ闘いは痛みわけに終わる。
 一方、TOGO産業の一件を何とか解決した遼と万里絵だったが、厳しい闘いを強いられたゆえの無気力に襲われていた。
 そんなとき、霊感少女の地震予知の噂を耳にする。最初インチキ霊能者が流しているデマだと思われていたが、しかし立て続けに、予言どおりに地震が発生し、遼と万里絵は遺産の関与を感じて行動を開始する。
 ついに三人のザンヤルマの剣士が一堂に会すとき、そこにはどのような運命が待ち受けているのか…?



「少しばかり面倒なことになったな……」
(作者の「あとがき」p398より)


 『ザンヤルマの剣士』もいよいよ最終編に突入! その第一段階である本書は、作者もあとがきでぼやいているとおり、約400ページの大ボリューム。ラノベというレーベルに限らず、『京極堂』シリーズほどじゃないですが、文庫の重箱化の先駆けともいうべきボリュームです。

 最終編ですから、いよいよ”ザンヤルマ”の真実が明らかになるわけですが、ここにきて第三のザンヤルマの剣士が現れます。う〜ん。こいつ必要か?(コラコラ)  万里絵の裏面的キャラだというのは分かるのです。通常の小説(それまでのラノベ)の主人公が有する性質、旺盛な好奇心とか、危機を乗り切る能力・判断力・勇気を持ってる万里絵に対し、一見同じようでありながら、実は外的要因によって闘いに身を投じていたジェネラルという二人の対比は、もっと書き込めばジェンダー論の対象としても面白かったと思うのですが、あいにく、物語の展開がそうした寄り道を許してくれるような状況にはありません。だから、バッサリ切っちゃった方が良かったと思うのですが…。
 ザンヤルマの剣にはマインド・コントロールする力があるらしい、何て恐ろしいんだ破壊しなければ、という建前で第三の剣士・ジェネラルと所属する組織FINALは行動を開始します。しかし、マインド・コントロールの恐怖と遼たちが闘ったことは『オーキスの救世主』で読者にとっては周知の事実ですから、今更そんなこと言われてもピンときません。そもそも、ザンヤルマは一話一話が悲惨な結末を迎えるので、それまでの話に伏線があったとしても、読者も遼もあまり思い出したくないから、伏線として機能しない(笑)というのもあると思います。

 毎度毎度社会派的テーマを織り込んでいるザンヤルマですが、まずは宗教団体と地方政治家の汚職という、本シリーズにしては珍しくホントにありがちな構図が遼たちの前に立ちはだかります。ありがちな構図であるだけに、遼は事件に対しての介入に躊躇します。力があるという理由だけで力を振るうのであれば、それでは、自分が今まで闘ってきた遺産の力を暴走させた人々と変わらないのではないかと…。それでも、これまでは丈太郎が遺産回収を第一の目的に事件に介入してきたために、そんな丈太郎に対して遼は反発しつつ、関係者の救済、被害を最小限に食い止めるためという、ある意味消極的な目的で事件に介入してきました。しかし、遼にとって反面教師的役割だった丈太郎が表舞台から退場してしまったことで、遼は価値観の再構築の必要性に迫られますが、そんなの簡単にはできません。
 結局、地震発生に遺産の関与している可能性が濃厚だったがために遼は介入を決意しますが、結果としてザンヤルマの剣の力をほとんど使いませんでした。これこそが作者の意図していたものであることは間違いありません。作者は、シリーズ最終編として、ザンヤルマの剣の放棄を念頭に、ザンヤルマの剣に頼らない解決を提示することで、物語終了後の先にある未来・希望を遼たちに予感させたかったのだと思います。このことは、次作『イェマドの後継者』において、よりハッキリとさせられます。鷺澤啓那に”ザンヤルマの剣”を奪われた遼は、まさに徒手空拳、ただの高校生としてザンヤルマの剣を持った啓那と対峙し、そして啓那の説得に成功します。ここにおいて、”ザンヤルマの剣”を放棄するための準備は完全に整ったことになります。

 遼と万里絵の関係も、ここにきてようやく進展? っていうか、二人のことだけに限るとむしろ後退しているのですが(笑)、対外的に前進したというか、周囲によってようやくカップルと認定されて、そのことが完全なすれ違い状態からの脱却につながるという、恋愛小説としては普通な展開を見せました。少なくとも私は恋愛要素をザンヤルマに求めてはいないので、この点はほどほどで良いのですが、ギリギリの状態で下した決断の違いからのすれ違いというのは、ある意味とてもリアルで、ザンヤルマを読んでて初めて恋愛要素で共感できた部分です。

 それにしても、小説にご都合主義は付き物だとしても、たまたま行った先で鷺澤啓那に再会するというのは、さすがにやり過ぎだと思いました(←細かいようですが、我慢せずにいられませんでした)。

 で、最終編だというのに、作者も述懐しているように、ここまできても佐波木くんの影がいまだに薄いのは大問題です。要するに、作者自身も認めているとおり『ノーブルグレイの幻影』の秋月由美彦とキャラがかぶり過ぎなのです。秋月は卑怯な方法で遼に近づこうとしたし、理想自体も明らかに偏向的なものだったのに対し、佐波木くんは誠意をもって遼に近づき、掲げる理想自体も、利己的なものはできるだけ排除しようと心がけてはいます。とはいえ、結局は同じなんですよ〜。
FINAL(Forbidden Intelligence Nullifiers of Administrator League)という組織が、それまでの敵と比べて魅力に欠けるのは、何らかの問題意識の裏付けがあってのものというよりは、佐波木くんに血を通わせるため、遼と共闘させるために登場させたという側面があまりに露骨なのが問題なのだと思います。
 と、初読時には思ったもんですが、FINALという組織の性質、民族の誇りを守るための有志者の同盟という、動機自体は極めてチープなのですが、損得ではなく理念で動いているために、自分たちのやってることが絶対に正しくて、どんな犠牲を払ってでも達成しなければならないと思ってる、むしろ犠牲が大きければ大きいほどなおさら目的を果たすことに必死になり、そこに合理的判断は存在しない、というのは、まるでどこかのテロ組織みたいで嫌になります。

 何だかんだと文句ばっかり言ってるみたいですが、本書の最後で、ついに三人のザンヤルマの剣士が一同に会し、緊張感は高まりまくりです。一体どのような結末を迎えるのか? ザンヤルマとは一体何なのか? 過酷な運命を予感させつつ、ついに次作で完結を迎えることになります。



●登場した”遺産”

地震発生装置
 透明なバケツを思わせる円筒の中に、スイカほどの大きさの赤い球が入っている。球の表面には緑の円が描かれ気味の悪い目玉のように見える。
 規模と範囲を自由に調節して地震を起こすことができる。タイマー操作も可能。イェマドの遺産は、本来は娯楽目的のものがほとんどのはずであるが、この遺産の場合、本来の目的が不明。もし純粋に地震を発生させることが目的なのだとしたら、非常に珍しい遺産であるといえる。

エクトプラズム発生装置
 白いカプセルのような形状。
 白い煙とも液体ともとれる物質を噴出し、使用者のイメージどおりの形で固定させることができる。
 霊能力現象のパフォーマンスや、戦闘時のおとりなど、シンプルながらもその用途は意外と幅広い。


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