オーキスの救世主

著者:麻生俊平(あそう・しゅんぺい)
出版:富士見ファンタジア文庫
初刊:1994
装丁:イラスト 弘司
定価:583円+税
ISBN4−8291−2583−7


[あらすじ]
 心の扉を開いて、ほんとうの自分に出会える、ほんとうの仲間をみつけて、ほんとうの生き方を知ることができる――
 そんな教えを広める活動をしている団体、オーキス・ムーブメントの集会に中学時代の同級生に誘われて参加した遼は、激しく動揺しながらも共感を覚える。もともとが内向的で人付き合いの苦手な上に、ザンヤルマの剣という世界を滅ぼす力を持つという苦悩を抱えた遼にとって、その主義主張はとても魅力的なものに思えたが…。
 


流血戦を避けても、主人公がひどい目に遭うのは変わらないとか。
(作者の「あとがき」p335より)


 この作品を読んだ翌年の3月に受けた衝撃は、今でも忘れることができません。
 本作では、なんと主人公が怪しげな宗教団体のマインド・コントロールにかかってしまいます。本作を読むまで、マインド・コントロールとか洗脳なんて言葉自体ほとんど聞いたことがありませんでしたし、ましてや一般人がそんなものにホイホイかかってしまうなんてとても思えなかったので、作中で「こういう心理学的な技術は、知らなければ誰でも簡単に絡め取られちゃうの。いわゆる意志とか精神力の強さなんかは関係ないんだから」(p98)とちゃんと言ってるにもかかわらず、こんなの矢神遼みたいなのじゃなきゃかかるわけない、と思っちゃってました。
 ところが、その翌年の3月20日、地下鉄サリン事件が発生し、その犯行がオウム真理教という宗教団体によって行われたものであるということが分かると、マスコミ等によってその実態が次々と暴かれていきましたが、その過程においてマインド・コントロールの恐ろしさというものも広く流布されていきました。
 本作の場合は、遺産によるコントロール・ウェーブという設定があるので、それにちょっとした心理的技術が上乗せされるだけでマインド・コントロールができちゃってますが、そうでなくても、作中のようなことを相当期間行うか集中的に行うかすれば、どんな人間でもかかってしまう可能性があるということが分かりました。
 そう考えて改めて本作を読み直すとなんと恐ろしいことでしょう。確かに遼は内向的で悩みを抱えていましたが、宗教的素養はまったくありませんでした。そんな遼があっさりとマインド・コントロールされて教義を広める側に回ってしまうわけですが、それまでの描写がすごいリアリティでとても恐ろしいです。この衝撃は本シリーズを刊行時のリアルタイムに近い形で読んでた人としか共有できないかも知れませんが、社会的問題意識の鋭さには驚きました。私がこのシリーズを社会派ライトノベルとして認識している理由がここにあります。

 オーキス・ムーブメントの教義自体も、おおまかにはそんなに変なものではないのです(作者自身はあとがきで、宗教カルトと教育カルトを混ぜたり膨らませたり省いたりしてる、と言ってます)。実際、お互いに心を開いて交流の輪を広げよう、と言われたら面倒くさいとは思うけど、それは違うよ、とは思いません。
 誰かに正しい答えを与えて欲しいと思う、その弱さを突かれる……みんなそうなのか?(p137〜138)と遼は悩むわけですが、そんな遼だって誰かを救おうと思って闘うときに、結局は自分が正しいと思ってる答えを相手に押し付けているだけじゃないのか、と悩みます。弱さに付け込むことと救うことの境界線のあいまいさはこのシリーズの永遠のテーマでしょう。
 本作は、これまでと違って正義のヒーロー対悪の組織という分かりやすい構図でありながら、主人公の正義はいつもぐらぐら揺らいでます。それに悪の組織、オーキス・ムーブメントにしてもその成立の背景には人の心の弱さがあります。だからこそ、読後の余韻は複雑です。このシリーズだといつものことですが。
 「元気で明るい人間だけが正しい生き方をしているって言えるのか? 痛みも、苦しみも、悲しみも感じない心が、まともなのか? 辛いこと、苦しいことに反応し、涙を流す、怒りもする。そういう心を失ってたまるか……」(p278)というのが遼の出した答えですが、それってある種のマゾじゃ(笑)。でも、『ザンヤルマの剣士』シリーズの面白さを考えるときに、主人公の悩み苦しむ様を楽しむマゾヒスティックなとこがあるのは否定できないと思います。それでいて、最後がハッピーエンドで終わる保証がまったくないのですが(笑)。

 ちなみに、本作で問題になってるマインド・コントロールって、実はシリーズ全体でも大事な要素というか伏線だったりするのですが、次にそれが出てきたときには、なぜか唐突な気がしてしまうのです。その理由については後で検証することにしましょう。

 また、今まで完全な対立関係にあったと思われていた裏次郎と水緒美の関係が、実はそんな単純なものじゃないというのも徐々に明らかになっていきます。それに、矢神遼の友人という意味でも、明るいキャラという意味でもレアな神田川くんに遺産のことがバレ始めてどうするんだろう? とか次巻への期待はいよいよ高まり、シリーズまさに絶好調! といったところでしょう。



●登場した”遺産”

ペット化装置
 形状は、高熱で溶かされたような奇妙なデザインの腕輪。
 本来は動物を手なずけるための道具であるが、イェマド人は守護神によってコントロール・ウェーブを防げるのに対して、現代人は持っていないためにその影響を受けてしまう。それどころが、他の動物と比べて人間は大脳が大きいために、一人の脳に影響を与えると、共鳴現象のように、微弱ながら他の脳にコントロール・ウェーブを与えてしまう。さらに、暗示や動機づけといった心理学的技術の応用の上乗せによって、多数の人間を支配することが可能となる恐るべき道具。

守護神
 形状は、鈍い光沢を放つ金属製のコンパクト。
 本来はイェマド人が持つべき守護神であるが、裏次郎は100年ほど前に、榊村の、当時10歳くらいだった美津子に守護神を相続させた。守護神によって一定年齢以上から老化も停まるため、100年以上の長きに渡り津島一族を守護することができた。


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