ストームブリンガー

原題:STORMBRINGER
著者:マイクル・ムアコック(Micheal Moorcook)
訳者:井辻朱美(いつじ・あけみ)
出版:ハヤカワ文庫
初刊:1963,1965,1967,1977
装丁:イラスト 天野喜孝
定価:440円+税
ISBN4−15−010611−8


[あらすじ]
 最愛の妻ザロジニアを〈混沌〉の怪物に拉致されたエルリックは、一度は捨てた〈魔剣〉ストームブリンガーを手に彼女を取り戻すべく旅に出た。
 そのころ、〈新王国〉はパン・タンとダリジョールの連合軍対ジャーコル、ターケシュの諸国軍との間で大戦争が始まろうとしていた。最愛の妻を救うべく、あえて戦乱の中に身を投じ、〈魔剣〉を煌かせて無数の死を振りまくエルリックだが、〈混沌〉の加護を受けたパン・タン連合軍の前に敗北を喫する。連合軍は各国を次々と侵略し、破壊と死を大量生産していくが、地上のそんな凄惨な状況すら、これから始まる〈法〉と〈混沌〉の最終決戦を前にした序章に過ぎなかった。
 神々の思惑に翻弄されるエルリックは、ついに自らを守護してきた〈混沌〉の神々に魔剣を振るう! 戦いと苦悩の果てにエルリックを待つ運命とは? 『エルリック・サーガ』ここに完結!



「意味もなく構造もないのか。では、なぜわたしは、このいっさいを身にうけなねばならなかったのだ?」
(本書p328より)


 シリーズもいよいよ最終巻を迎えました。
 3巻でサイモリルが死んでから、何も信じられないくせに自らの存在意義と安らぎを追い求めてはくじけてきたエルリックですが、そんなあてのない旅も、続けて読んでると酷いものでだんだん暗い物語にも慣れてきたせいか(笑)、正直ちょっとパターンのようなものを感じてしまってました。
 でも、この最終巻はすごい! 今までの悲劇なんてなんのその。それまで緩やかに不幸へと向かっていたものが、突然、圧倒的な流れで最悪中の最悪の結末へと進んでいきます。ハッピーエンドになるとは思ってませんでしたが、こんなに酷くて残酷で、だけど確かにこれしかない結末を迎えるとは……。ある意味ハッピーエンドだと言えるでしょう。
 単に主人公に影があって苦悩し続けるだけじゃなくて、世界そのものが破滅的な最後を迎えてしまうからこそ、この『エルリック・サーガ』がダーク・ファンタジーの傑作として語り継がれる理由なのでしょう。

 この物語では、エルリックを守護してきたのは気まぐれな〈混沌の神〉アリオッチでしたが、その前に立ちふさがりエルリックを苦しめてきたものもまた〈混沌の神〉でした。で、〈混沌〉と対立するもう一方の勢力、〈法の神〉は4巻でドンブラス神が現れてエルリックを助けたことがありましたが、基本的にはこれまであまり物語には姿を見せてきませんでしたし、影響力のある存在ではありませんでした
 したがって、〈混沌〉=悪、〈法〉=正義という簡単な対立構図は妥当しないというのは分かっていたのですが、〈混沌〉のやることがあまりに酷いので、やっぱり〈法〉は正義なんじゃないのかなぁ、と思ってしまいます。しかしそれが間違いであることが本編でハッキリとします。エルリックは〈法の神〉の助力をえるために彼らの世界へと旅立ちます。そこでの神の姿を見てエルリックは思います。〈法〉のみがこれほど完璧なものをつくることができるのだ。そしてエルリックは、この完璧さこそが進歩をおしとどめたのだと思った。かの双子の力がたがいを補いあっていることが、いまほどはっきりしたことはない。どちらかが完全に相手を圧倒すれば、宇宙は無秩序か停滞に陥る。〈法〉は地上を統べることになるかもしれないが、〈混沌〉もなくてはならぬ。そしてその逆もまた真だ。と(本書p275より)。
 〈混沌〉は無限の可能性を秘めていますが、その暴走は世界を破壊しつくしてしまいます。一方、〈法〉は秩序を司り完璧さを追求しようとしますが、行き着く先は何もかもが停滞した何もない〈無〉の世界です。
 運命に抗いたいと思いながらどうすることもできずに、ロールプレイングゲームのようにミッションをこなすことを余儀なくされ、それをクリアしてもその先になにがあるのか分からず、分からないことが分かることすらなく、エルリックは最後の最後まで苦悩することになります。

 〈混沌〉と〈法〉との世界の運命を決める戦いの中にあって、エルリックを次々と悲劇が襲います。イシャーナににカルガン、ラッキールにザロジニア、ディヴィム・スロームそしてムーングラム……。〈魔剣〉ストームブリンガーがその身を守るがゆえにエルリックは悲劇に立ち会わなければならず、〈魔剣〉そのものがもたらす悲劇もまた受け入れなければなりません。悪を滅ぼし世界を消滅させるために作られた邪悪な〈魔剣〉ストームブリンガーは、その矛先をついに神々に対して向けます。そして最後には……。

 神が人を統べ人が物質を支配するのが世界の理でありながら、この物語では、人が神を滅ぼし物質であるはずのストームブリンガーが最後に残ります。この途方もなく壮大で、逆説的で皮肉な結末をどうとらえるかは各人によるのでしょうが、私はとても感動しました。こんなのに感動しちゃダメだとも思うのですが(笑)。
 ハイ・ファンタジー(=現実世界とは異なる架空世界を舞台とした物語)を読む醍醐味として、単に個々人のドラマにとどまらない世界の存亡をかけた壮大なスケールの物語を楽しむことができるというのがありますが、そんな満足感を十分に満喫することのできる素晴らしいシリーズだと思います。本シリーズをもし手にとる機会がありましたら、途中の陰鬱さにめげずにぜひ最後まで読まれることを強くオススメします。


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