白き狼の宿命

原題:THE WEIRD OF THE WHITE WOLF
著者:マイクル・ムアコック(Micheal Moorcook)
訳者:井辻朱美(いつじ・あけみ)
出版:ハヤカワ文庫
初刊:1967,1970,1977
装丁:イラスト 天野喜孝
定価:369円+税
ISBN4−15−010595−2


[あらすじ]
 従弟イイルクーンにメルニボネ帝国の玉座を奪われたエルリックは、沿岸諸国の艦隊を率いて竜の島へ向かった。帝国を守る迷水路も城壁もエルリックの知識と魔力によって突破され、ついに〈夢見る都〉イムルイルは破壊と略奪の惨劇に見舞われた。
 その混乱に乗じエルリックはイイルクーンを殺しサイモリルを救出しようとするが、魔剣モーンブレイドを取り戻していたイイルクーンに対抗するためにはエルリックも魔剣ストームブリンガーを抜くしかなかった。ふたつの魔剣が交わるとき、取り返しのつかない悲劇がエルリックに襲い掛かることになる……。



「物事に秩序があるという確信が得られなければ、わたしの唯一の慰めはその無秩序を受け入れることだ。そうすれば混沌だとて恐るるに足らぬ。われらが初めから運命のもとにあるのだ――このつかのまの生は、無意味で呪われているのだ、と知ることもな。そのとき、わたしは、われらが見棄てられた存在以上のものだと思えるだろう。なぜといって、われらを見棄てるものさえも存在しないのだから」
(本書p102〜103より)


 本書の発表年数が3つの年(1967,1970,1977)にまたがっています。異なる年に発表されたものが、物語上の時系列順にまとめられたものが本書なのだと思います。ただ、本書はプロローグと3つの章(「第一の書 〈夢見る都〉」「第二の書 神々の笑うとき」「第三の書 歌う城砦」)の、実質4つの章から成り立っていますので、どの章がどの年に発表されたものかは本書のみでは推測すらできません。

 まず、プロローグ、「オーベック伯の夢」ですが、この章にはエルリックがでてきません。
 今より遥か昔、〈法の神々〉に仕える〈黒の女王〉マイシェラが強者オーベック伯をたばかり、新たな領土を得るように囁きかけます。そうすることで人の子らの時代、〈新王国〉の時代を到来させて、〈混沌の神々〉に仕えるメルニボネ帝国の没落へとつながっていきます。つまり、メルニボネ帝国と〈新王国〉との対立も、〈混沌の神々〉と〈法の神々〉との対立が地上に顕現したものであることが明らかとなります。マイシェラは後にエルリックと深く関わることになる人物ですし、このプロローグは短い章ですがとても重要なものであるといえます。

 で、問題の「第一の書 夢見る都」です。
 案の定、イイルクーンは王位を簒奪しました。いわんこっちゃない。
 だからといって、先陣を切って新王国の艦隊を率いてメルニボネに侵攻し、自らの本来統治すべき領土であり故郷であるイムルイルを破壊するエルリックはやはりいかがなものかと(笑)。そんなにイイルクーンが憎くて、そんなにサイモリルが大事なら、イイルクーンなんかに代理の王なんか任せなきゃ良かったのに。と言ってもいまさら後の祭りで、物語の最初に予告されていた悲劇がここで起きます。シリーズ本編が6巻あると知ってる状態で私は読んでましたので、ここでサイモリルが死ぬのはすごく意外でした。”従妹殺し”という忌まわしき呼び名の由来となる、忘れがたいエピソードです。
 また、地味ながら(笑)、前の巻からエルリックと共に行動していた紫の街のスミオーガンや、同じくイムルイル侵攻に協力したジャーコルのダーミット王などがこの戦いで命を落としますが、彼らの死はエルリックの後の運命に少なからぬ影響を与えることになります。それにしても、エルリックの周囲にはあまりにも死が多すぎます。

 「第二の書 神々の笑うとき」からは、サイモリルという最愛の婚約者が死んでしまったことで、エルリックの新たな本性が明らかになります。女たらし(女殺し)という本性です(笑)。
 優れた武勇に強大な魔力に聡明さを兼ね備えながら、生まれ持った体の弱さ持つエルリックは強さと弱さという二面性を持っており、極めて危険な存在でありながら、女性の庇護欲を誘うようなところがあるわけで、これから先エルリックは何人もの女性と関係を持っては別れ、ということを何度か繰り返します。
 その第一号がマイルーンの翼なき女シャーリラです。本来なら翼を持って自由に空を飛べるはずのマイルーン人でありながら翼を持たないシャーリラと、魔術と秘薬(今は〈魔剣〉ストームブリンガー)がなければ命を保つことのできない虚弱体質のエルリックとは、似たもの同士でもあり、ムーングラムが指摘するまでもなくとてもよい間柄のように思えたのですが、しかし、エルリックはシャーリラと別れます。自分が愛する者は死ぬ運命にあるという暗い宿命ゆえに。それは確かにホントではありますが。
 さらにこの旅では、エルリックの終生の友となるムーングラムがエルリックの仲間になります。理想主義者で神経質で気難しくて何事も後ろ向きに物事を考えるエルリックと異なり、現実主義者で大らかでざっくばらんで明るくて正直者のムーングラムは互いに正反対と言ってよい性格の持主ですが、だからこそなのか、二人はとてもよいコンビです。物語の展開が暗くて陰鬱になる一方なので、ムーングラムの存在は読者にとって大きいのですが(笑)、身近な者を次々に死なせてしまう(ストームブリンガーで殺してしまうのも含めて)エルリックにとって、いつも側にいてくれて彼を理解してくれるムーングラムはとても大きな存在であるといえるでしょう。
 エルリックとシャーリラ、そしてムーングラムは、〈エントロピーの神々〉が守る「死せる神々の書」を求めて旅をします(ムーングラムだけはお宝目当てですが)。「死せる神々の書」とは、いかなる魔法使いも渇仰する叡智が記されているという伝説の書で、エルリックはその書に〈法〉と〈混沌〉の戦いの真実、対立する力の上に立つ究極の存在についての知識を求め、シャーリラは”翼”を求めます。しかし、結局は手に入らないわけですが。
 その書を守っていた〈エントロピーの神々〉です。なんでエントロピーが混沌なのかはよく分かりません(笑)。混沌側の神であるために、エルリックの危機にもアリオッチは助けてくれませんでした(もっとも、この神の気まぐれには慣れてきましたが・笑)。書を守護していた巨人は、その書によって世界のバランスが〈法〉に傾くのではないかと危惧していましたが、書は塵と化してしまいます。
 エルリックは落ち込みますが、すぐに立ち直ります。「わたしは永遠に疑い続ける者だ」という、前向きなのか後ろ向きなのか分からない決意のもとに(笑)。

 「第三の書 歌う城砦」では、ジャーコルでダーミット王なきあとの女王イシャーナの依頼で、〈混沌の神々〉のひとりでありながら逆説をもてあそぶがゆえに〈混沌〉と〈法〉のバランスをとってしまう道化ともいうべきバロと戦います。普通なら神と人間(エルリックは正確にはメルニボネ人であり人間ではありません)が戦っても勝ち目はないですが、バロの反乱は混沌の神アリオッチにとって都合の悪いものですから、今回は珍しくエルリックの求めに応じてあっさりと姿を現し、バロを存在すべき場所へと送り返してしまいます。
 恐るべきバロを比較的あっさりと退治することに成功したエルリックですが、女王イシャーナを思慕し、ジャーコルで魔術師として高い地位を築いていたセレブ・カーナはエルリックに嫉妬し彼を殺そうとします。エルリックは苦戦するも何とかこれを撃退し、セレブ・カーナはパン・タンに逃亡します。ムーングラムが言うようにこんな奴など放っておけばよいものを、エルリックは復讐のために彼を追うことを決意してイシャーナが止めるのも聞かずに旅立ちます。前向きに生きることのできないエルリックにとって、たとえ取るに足らないにものであっても復讐というものが行動を支える動機となってしまうもののようです。


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