この世の彼方の海

原題:THE SAILOR ON THE SEAS OF FATE
著者:マイクル・ムアコック(Micheal Moorcook)
訳者:井辻朱美(いつじ・あけみ)
出版:ハヤカワ文庫
初刊:1976
装丁:イラスト 天野喜孝
定価:380円+税
ISBN4−15−010589−8


[あらすじ]
 メルニボネを離れ〈新王国〉の国々を旅していたエルリックであったが、ピカレイドの総督に斥候ではないかと疑われ幽閉されてしまう。賄賂と魔法によってなんとか脱出するが追っ手がかかるのも早く、ついに海岸にまで追い詰められてしまう。
 食料も薬草も尽き、覚悟を決めたエルリックの目の前に、霧の中から一隻の船が現れた。その船に助けられた彼は船長の求めに応じて、すべての人類の敵である異世界の魔術師と戦うことを決意する。〈永遠の戦士〉たちとともに……。



「お前は生きのびて、人の命をとるために存在している。ならばこのわたしは、愛する者にも憎む者にもひとしく死という情けをかけ、いずれは死ぬために存在しているのだろうか。ときにはそんな気がする。それがさだめなら、悲しいさだめだが。だかそれだけではないはず……」
(本書p19より)


 本書では、メルニボネを出立した後のエルリックの三つの冒険が、「第一の書 未来への旅」「第二の書 現在への旅」「第三章 過去への旅」の三章立てで描かれています。
 普通の冒険ファンタジーもののようですが、それぞれに晦渋で陰鬱な雰囲気が漂っています(笑)。

 「第一の書 未来への旅」では、ピカレイドでメルニボネの斥候ではないかと疑われて絶体絶命の窮地にエルリックは陥りますが、魔法の船に拾われてその船の船長の依頼で、異なる時間・世界で”全人類の敵”である異世界の魔術師と戦うことになります。ともに戦う仲間は、エレコーゼ、コルム、ホークムーンの三戦士。彼らにはそれぞれの物語・シリーズがあり、作者ムアコックはそれらすべてを「永遠の戦士〈エターナル・チャンピオン〉」シリーズという壮大なひとつの物語として統合しています。『エルリック・サーガ』の主人公であるエルリックも、「永遠の戦士」の数ある姿のうちのひとつということになります。
 多元世界に錯綜する時間という概念はこの世界の不思議を表すものですが、夢とも現実ともつかないこの戦いはエルリックにとって一体なんだったのか? それは誰にも分かりません。
 この戦いで、エルリックはストームブリンガーの力の一端を知ることになります。生まれながらの虚弱体質である彼は、魔術や薬草の助けなしにはその体力を維持することができませんでした。しかし、ストームブリンガーはその刃にかかったものの魂を吸い取り、持主にその力を還元するのです。すなわち、ストームブリンガーで戦い続ければ、エルリックは怪しげな薬や高価な薬草に頼らずとも生きていくことができますし、乱戦の中にあっても敵を殺し続けることで生きのびることができるのです。これだけだといいことづくめのようですが、そこは〈魔剣〉ですからそんなわけがありませんが、とりあえずここではその戦い方が仲間にすら恐れられる程度で済みます(笑)。敵を殺せば殺すほど元気になって狂戦士のようになっていくんですから、確かに怖いですよね。そこが面白いところでもあるのですが。

 「第二の書 現在への旅」では、冒頭からエルリックの未来における悲劇を予感させる悲鳴が聞こえてきます。誰もハッピーエンドなんか予想してないでしょうから驚くことでもないでしょうけれど(笑)。
 魔法の船から降りたエルリックはある島へ辿り着いて、そこで紫の街の海王スミオーガンと出会いますが、スミオーガンと共に「ここはどこだ?」と途方に暮れることになります(笑)。
 どうやら共存する異なる世界へ迷い込んでしまったらしく、そこでエルリックとスミオーガンは、サクシフ・ダンというメルニボネの伝説的な魔術師に追われている女を保護します。
 サクシフ・ダンはエルリックの先祖でもあり、彼との戦いにエルリックは大苦戦を強いられますが、歴史上サクシフ・ダンの強敵だったカロラークを召還することでなんとか危機を脱します。エルリックはサクシフ・ダンの船でこの世界からの脱出を決行します。脱出には成功しますが、荒波によって船は沈没しエルリックたちは海に投げ出されてしまいます。

 「第三の書 過去への旅」は、内容が盛りだくさんです。
 海で溺れ死にそうになっていた二人は、古フロルマーの領主アヴァン公爵に助けられます。そして、彼の求めに応じてルリン・クレン・アへの旅の共を引き受けます。ルリン・クレン・アとは伝説によれはメルニボネの都、イムルイルより古い都であり、かつて〈上方世界〉の神々がかつてそこに集い宇宙の争闘の行方を定めようとした場所であり、そこにはおそるべき知識を脳中にとじこめたまま永遠に生きつづけるべき運命をになわされた者がいる、という伝説の都です。
 ”生きつづけるべく呪われし者”ジョイス・クレイン・リイルは、〈上方世界の神々〉の会話、混沌(カオス)の神々と法(ロー)の神々戦いを続けるにあたってのっとるべき掟をきいてしまったために混沌の神アリオッチの呪いによって一万年にわたり死ぬことができなくなりました。
 エルリックは、ルリン・クレン・アとジョイス・クレイン・リイルの呪いを解くためにアリオッチを呼ぼうとしますが、気まぐれな神はそれに応えようとしません。そのとき、ストームブリンガーがエルリックの意志に反し、アヴァンの命を奪います。アヴァンの血と魂によって召還されたアリオッチは呪いを解きますが、更なる大きな呪いがエルリックたちの次元全体にくだることを予言します。ストームブリンガーはジョイスの命とその記憶まで奪います。死を望んでいたジョイスにとっては救いの一撃となりましたが、〈魔剣〉の意図するところは分からず、エルリックは自らが佩く〈魔剣〉がもたらした悲劇に陰鬱な気分になります。
 「おぬしの剣がおぬしを裏切ったのだろう?」「わたしを助けるために――だと思う」(p250より)という会話が、エルリックとストームブリンガーの悲劇的な関係を良く表しています。
 それにしても、次元全体への呪い、というのがこの先の〈混沌の神々〉と〈法の神々〉との戦いのことだとしたら、実はエルリックはここでとんでもないことをしてしまってたということになります。


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