| 真実の絆 |
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| 著者:北川歩実(きたがわ・あゆみ) 出版:幻冬舎文庫 初刊:2001 装丁:カバーイラスト 森流一郎 定価:648円+税 ISBN4−344−40618−4 |
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注!! 本書評では、我ながら人でなしの主張が散見されますが、本書の内容・問題意識に沿って考えた上での記述です。 私自身の文責を回避するものではありませんが、どうか倫理観のリミッターを解除されて、広い心で読まれることを希求します。 日本を始めとする多くの国が資本主義経済システムを採用しています。 資本主義経済を支える法原理が所有権絶対の法原則です。社会主義経済のように生産手段を社会全体で共有するシステムでない以上、生産手段とそれによって得られる利益は、国家ではなく個人の権利として絶対的に保障されなければなりません。 したがって、およそすべての財産は自然人なり法人(ここでは国家もまた法人)なり、人の支配下にあることになります。しかし、人――特に自然人――は永遠の存在ではあり得ず、いずれ消滅します。そのとき、絶対的だった所有権も消滅し、その財産の権利の帰属が問題となります(以下、自然人の死亡による相続制度のみを問題とします)。 ここで出てくるのが、相続制度です(死亡によらない相続制度もありますが、ここでは死亡による包括的な財産承継という意味での相続のみを問題とします)。 相続には、その考え方として、遺言や生前贈与といった(元)所有者の意思によって死後の財産の処分を自由に決定する自由相続制度と、死後の財産はその意思によらずに法によって定められた者に定められてた割合の財産を帰属させる制度を法定相続制度とがあります。 所有権絶対の原則からすれば自由相続制度が原則で法定相続制度は補充的なものということになりますが、死は突然訪れるということもあり、また、実際に遺言が作成されることもあまりないので、ほとんどが法定相続によって行われます。また、完全に所有者の自由な処分を認めると残された縁者(配偶者や子孫)にとって不測の損害を生じかねないという配慮から、日本の民法では自由相続制度に一定の制限(=遺留分)がかけられています。 すなわち、日本では法定相続制度と自由相続制度との折衷的法構造(理論的には自由相続が原則・法定相続が例外。ただし、現実には法定相続が原則・自由相続が例外。)になっており、そのように運用されているといえます。 つまり、死後の財産は、その所有者の意思によって、あるいは、法によって配偶者と子孫だちに承継されることになります。 ただし、所有者の自由意思といいますが、人の気持ちほど不安定・不明確で信用できないものなどありません。どうにでもなりますし、どうにもなりません。 そもそも、”死者の意思”といっても、死んでしまえば生者がそれを解釈するしかなく、本来の意味から歪みが生じてしまう可能性は否定できません。 それに、所有権を絶対的に保障するといっても、他にも保障されなきゃいけない権利はたくさんありますから、そうした権利と衝突してしまった場合には、所有権が譲歩しなきゃいけない場面も多々あります。全財産を人類絶滅テロ基金の創設に使ってくれ、何て遺言を残しても、理屈としては有効かもしれませんが、多分そんなの無効という結論になるでしょうし、私もその結論に異を唱えるつもりはありません。 ですから、ここでの”絶対”には、”原則”という程度の意味しかありません。無効になってしまった場面においては、法定のルールによるしかありません。 では、法定相続なら? 実は、これもおそらく世間一般に思われている以上に、複雑かつ不明確なものです。 婚姻関係にある男女がいる場合に、その女性が妊娠・出産すれば、産まれた子供はとりあえずその両親の子供だということになります。しかし、両親のどちらかが子供を作れない素因を持っていたら? 女性が不倫していたら? レイプされたら? 婚姻関係と遺伝子的な関係はときに矛盾を生じ得ます(父子関係は認知準正によって、遺伝子的な矛盾を無視して嫡出子とすることが可能ですし、あえてその点には目をつむるという方法もあります)。 婚姻関係になくても、認知によって父子関係は一応法的に成立させることは可能です(ただし非嫡出子として。婚姻すれば準正により嫡出子となります)。女性の方から認知を迫ることもできます。これらの場合には事実(=遺伝子)上の父子関係の証明が必要となります。 女性の場合には、認知という方法はありません。出産(=分娩の事実)したら自分の子供です。当たり前といえば当たり前です。 しかし、そうした考えに何の疑問も持たずにすんだのは昔の話です。例えば、代理出産はアメリカなどではそんなに珍しいものではありませんが、出産を母子関係の絶対的基礎と捉えると、代理母が法的にはその子供の母親ということになり、卵子を提供した女性・遺伝子的な意味での母親は、法的には赤の他人ということになります。 このように、婚姻を中心とした法的関係には、事実的・遺伝子的な要素が直接的・間接的に影響してきますので、それを全く無視した法的な関係というのは、相続制度における財産の帰属先を決める根拠として、それのみでは十分なものとはなり得ません。それに、偽装結婚や戸籍の売買、新生児の取り違え、養子縁組など、法的な関係には抜け道・回り道がいくらでもあります。 では、法的関係を先にありきにするのではなく、事実関係を確定させて法的関係をそれに合わせてみたらどうでしょう? つまり、生物学的な親子関係を法的にも親子とするのです。これなら、DNA鑑定といった科学技術の発達した現在なら、明確な親子関係を決定できるでしょう。しかし、科学技術の発達は、鑑定技術のみならず、生物学的な親子関係を人為的に作り出すいくつものテクニックをも生み出しました。例えば、冷凍保存した精子(卵子)を無断で使用して産まれた子供に財産の帰属を認めても良いものでしょうか? もし是とするならば、そんな子供は技術的にはいくらでも作ることが可能です。もっと言ってしまえば、男女の垣根を越えることさえできちゃうんですから。 そんなわけで結局、相続財産の帰属とは、所有者の自由意思と法的な関係と遺伝子的な関係とが総合的に判断によって決定されている、としか言い様がないのです。 相続をこんな風にまとめてしまうと、日常的なものなのに複雑にし過ぎてないか? と思われてしまうかもしれません。しかし、疑えるところを疑って考えると、上記の如く言わざるを得ないのです。 本書『真実の絆』は、資産家の財産100億円をめぐる遺産相続ミステリーです。 遺産相続ミステリーと聞くと、奇妙な遺言にもとづく複雑な思惑が交錯し、ついには殺人事件が発生し……という、古風ながらも魅力的な筋書きがまず思い浮かびます。 しかし、本書はそんなノスタルジックな思いとは無縁の、新しい遺産相続ミステリーです。なぜなら、これまでのものみたいに、単に”遺言”という死者の自由意思による混乱、ドロドロした人間関係といったウェットなものだけではすまないからです。 戸籍の売買、偽装結婚、養子縁組、冷凍保存した精子による人工授精、胎児からの卵子採取による孫の作成などなど……。 とにかく、法的にも遺伝子的にも出来ることは何でもやって、いろんな関係を作り出したり消したりして、何としてでも自分たちのところに遺産が転がり込むようにと様々な計画が錯綜します。もう何でもアリです。 本書は、8つの章と、資産家と弁護士の会話による幕間という構成になっていますが、大きく二つのパートに分けることができます。 まず、前半(第1話から第4話)は、相続人探しにまつわる独立した一本の短編としても読める話が並びます。ただし、各話ともトリッキーな構成と衝撃の結末が待っています。 後半(第5話から第8話)は、人工授精によって産まれた子供・葉山俊樹を中心に、前4話も含めた物語全体の姿・驚愕の真実が明らかになっていきます。 本書評は、遺産を獲得するための親子関係捏造方法をここまでで結構書いちゃってますので、「ネタバレしてんじゃねーよ」と思われるかもしれません。しかし、さにあらず。上述したことなど触りにすらなっていません。 よくもここまで複雑かつ徹底したプロットの物語を書き上げたものです。ほとほと感服します。冷徹な思考実験が温い既存の倫理観をぶち壊しています。生殖技術の発達による社会の変化の危険性というのは、それなりに語られてはいますが、学術書や論文という形では伝えきれないものが本書にはあります。これこそが小説の存在意義だといえるでしょう。 |