BG、あるいは死せるカイニス
著者:石持浅海(いしもち・あさみ)
出版:東京創元社
初刊:2004
装丁:カバーデザイン 岩郷重力+WONDER WORKZ。
定価:1600円+税
ISBN4−488−01707−X

[あらすじ]
 天文部の合宿の夜に、私の姉・優子が何者かに殺された。優秀で誰からも慕われていた、男性化候補筆頭だった彼女がなぜ?
 しかも、遺体にはレイプ未遂の痕跡まで残されていた。男が女をレイプするなど考えられないはずなのに、なぜ……?



 ギリシア神話では、ポセイドンはエラトス王の娘カイニスと交わった際、何でも望みをかなえてやると約束した。カイニスは男になることを望んだ。


 あらすじの、男が女をレイプするなど考えられないというのは、誤字ではありません。そういう舞台設定の物語なのです。
 この世界では、すべての人間は女性として生まれます。そして、一部の限られた人間が男性化します。つまり、男性の比率が圧倒的に少なくて、男性は女性を選ぶのに苦労はしませんので(もちろん、一夫多妻もOK)、女性が男性をレイプすることはあっても逆は滅多にない、という世界なのです。
 そういう、男女の性についての特殊性意外は、現代社会がほぼそのままベースになっています。ですから、思ったほど変な世界でもありません。
 もっとも、ことはそう単純ではなくて、まあゴニョゴニョ(笑)。
 本書は、東京創元社のミステリ・フロンティアというレーベルから刊行されてます。ですから、どうしたってまずはミステリ的な読み方をするわけですが、そうした観点からみますと、連続殺人事件は発生しますが、レイプの痕跡という特殊な設定ならではの要素を除けば、密室とかアリバイとかいったミステリ的な不可能犯罪の謎が扱われているわけではないので、そういうのが好きな人、そういうのしか認めないというミステリ読みの方はションボリしてしまうかもしれません。
 本書の謎は、フーダニット(誰が殺した?)でありホワイダニット(なぜ殺した? つまり動機の問題)なのですが、もっと言ってしまえば、物語世界自体が抱えている謎です。
 女性が多数を占める世界において男性は特権的な地位を与えられているけどその理由には表も裏もあったり、男性化するには個として優秀であることがまず前提でさらに男性経験を経たりしなければならないがそれでも絶対的なものではなく、より確実に男性化する方法はないのか、とかそういう設定そのものが真相に深く関わっているのです。
 ですから、本来ならば物語設定については喜んでベラベラと喋るところなのですが、ネタバレしないでおこうと思ったら、そういうわけにはいかないのでご容赦下さい。
 こういう物語の場合、読者にその設定をどうやって説明するかがポイントになりますが、女子高(当然ですが)の生物の授業で生徒に説明するという形で人類が女性として生まれることや男性化するシステムなどの基本を教えたりと、実に上手に読者に対して説明してくれます。
 男女の性を結構ダイナミズムに扱っていますが、物語自体は殺人事件を中心に女子高生の生活に限定されて展開されますので、ジェンダー論が声高に論じられるということはなく、あくまで女子高生視点で語られていきます。しかし、それだけにラストでの皮肉な(こういうの大好き)大転換(大袈裟?)は効果的で衝撃的ですね。
 確かに、本書は狭義の本格ミステリではないかもしれません。しかし、ラストの衝撃を生み出すために作者が作中に用意した男性社会・女性社会といったジェンダー的要素がいかに緻密に計算されたものであるかを考えると、そのことで文句を言う気には到底なれません。いや、むしろ傑作と呼ぶべきでしょう。

 そんなわけで、本書は確かにミステリとしても面白く読める作品だと思います。しかし、ミステリファンだけのものにしておくのは惜しい作品だと思います。SFのオールタイム級の名作『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン/創元SF文庫)が、有栖川有栖などによってその謎の魅力・解決の論理性などを高く評価されてミステリファンの間でも高く評価されるようになったみたいに、本書も、『闇の左手』などと並び称されるべき名作だと思います。
 なぜなら、本書の特殊設定である、女性から男性への性転換という生物学的擬似科学は物語の展開において必要不可欠なものであり、さらに結末において、その特殊設定は単に謎を作り論理を展開するためのものではなく、はっきりとしたテーマを持ったものであることを驚きと衝撃と共に読者に伝えます。
 そうした、ストーリー展開と疑似科学との結合はまさにハードSFのそれであり、結末で受ける感動はSFでよく言うところの「センス・オブ・ワンダー」そのものでしょう。


 願いは聞き届けられ、カイニスは男性カイネイウスに変身した。
 カイネイウスは、その死後、女性カイニスに戻った。


                               (ギリシャ神話より)


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