イニシエーション・ラブ
著者:乾くるみ(いぬい・くるみ)
出版:原書房
初刊:2004
装丁:スタジオ・ギブ(川島進) カバー写真:村尾昌美
定価:1600円+税
ISBN4−562−03761−X

[あらすじ]
 大学4年の僕が彼女に会ったのは、代打出席の合コンの席だった。やがて二人はつきあうようになり、僕は彼女のために車の免許をとったりおしゃれに気をつかったりして、夏休みやクリスマスを彼女と一緒に過ごした…。



CAUTION!! ネタばれ注意!!
 本書はできる限り予備知識なしで読まれることを推奨します。表紙カバーやオビは購入と同時に剥がしてしまって、読了後にそれらに書かれているものを確認するのがベストだと思います。

A面…”ミステリ”としての読み方

(↓以下ネタばれ)
 本書は叙述トリックの傑作です。
 まず、A面から読み始めますが普通の、嫌、凡庸な恋愛小説で、ミステリを期待して読んでる人間の大半にとって、おそらく苦痛な読書時間を強いられることになるでしょう。一応ミステリだという認識はあるので何が伏線なのかチェックしなければならないのですが、ハッキリいって辛い作業です。
 B面になっても相変わらず恋愛小説。もういいかげんにしてくれ〜、と半ば泣きながらしぶしぶ読み進めるわけですが、苦痛の中にチクッとした違和感のようなものが沸いてきて、それが段々と大きくなって、そして最後に意外な真相が明らかになるわけです。いや〜、途中で投げ出さずにホントよかった(笑)。

 数ある叙述トリック小説の中で、本書のどこが傑作なのかといいますと、明らかになる真相そのものは確かに意外なものなのですが、結局しょうもないものだという点にあります。
 ……いや、私は大真面目です。
 本書は、A面→B面だと思わせていた時間の流れが実はB面→A面(一部重なる)で、しかもA面とB面の”たっくん”は別人だったということで、人物と時間軸の両方で読者に錯誤を生じさせてます。B面→A面という時間軸で物語を理解しなおすと、二股かけてたのはB面たっくんとマユなわけですが、結局みんながうまく落ち着くところに落ち着いて、めでたしめでたしなストーリーだということが分かります。A面だけでは分からなかったマユの言動の裏がB面で明らかになることで、「女って怖っ」とは思いますが、それを言ったらB面たっくんだって女性から見たら十分怖いでしょうしフェアではないでしょう。
 トリックによって主人公は”たっくん”だと思わされていましたが、真相が明らかになってみると、A面B面ともに出てくるのはマユだけですから、実は本書はマユが主人公の恋愛小説で、イニシエーション・ラブ=通過儀礼の恋愛という言葉も、実はマユのための言葉だということが分かります。

 とはいえ、客観的に本書のストーリーを振り返ってみると、その辺で普通にあってもおかしくない恋愛物語なわけで、感動するようなもんでもありません。感動しちゃった人は目を覚まして下さい(笑)。
 うがった読み方をすれば、ミステリ的な謎なんて、実は身近なところにあるんだよ、ってことを作者は言いたいのかもしれませんが。

 しかし、テーマ自体が平凡だからこそ、叙述トリックに使われているテクニックの数々が輝いてみえるのです。
 目次がA面・B面となってて懐メロが章のタイトルについてるのも、レコードのA面B面の意味にとらえられますが、どちらも一枚のレコードの裏表に過ぎないという、ストーリーの真相を示唆しています。舞台設定が80年代になってるのは、ドラマ『男女7人〜』を使いたいという理由もあったでしょうが、携帯電話の着信履歴などで人物が特定されてしまうのを回避してのことでしょう。A面でマユがたっくんに静岡勤務や車の免許を希望した理由(そもそも、あだ名を”たっくん”としたこと)や、指輪のわけ、便秘が実は堕胎手術だったこと(これはひいた)、A面において自分の部屋でセックスするのが嫌だったのが実は声が大きすぎるからだとか、数学科だったはずが妙に物理に詳しいなどなど、伏線は巧妙かつぶんだんに盛り込まれています。
 そもそも、A面とB面では”たっくん”の性格が全然違うので気付いてもよさそうなもんですが、そんなのに気が付くほどストーリーを追えなかった、というのは必ずしも言い訳ってわけでもなくて、恋愛小説としてはダメダメだからしょうがないと思います。そこが良いところだと、真相を把握した今なら言えますが。
 伏線といえば、本書の表紙カバーの写真がそのまま伏線になっていることにお気づきでしょうか? テーブルの上にタロット・カードが置いてありますが、よ〜く見るとそれが『THE LOVERS』、つまり『恋人たち』のカードであることが分かります。で、タロット・カードというのは正位置と逆位置でその意味・解釈が異なります。『恋人たち』の場合、正位置では見た目通りに恋愛成就といった意味ですが、逆位置ではその反対に恋愛関係における裏切り・不倫といったような意味になります。本書のストーリーをまさに暗示したものだと言えます。これはよく考えてるなぁ、と思いましたが、表紙カバー折り返しに書かれている「あらすじ」はいただけません。ネタばれになっているだけでなく、アンフェアなのです。物語自体に隙がないだけに、こういうのは感心しませんねぇ(註:アイヨシが持ってるのは第一刷)。

 とはいえ、本書が傑作であることは疑いないですし、後発の叙述トリック小説を書こうと思ったら意識せざるを得ない作品だと思います。
(↑ココまで)

B面…”妊娠小説”としての読み方へ


書評TOPページへ