| 紅楼夢の殺人 |
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著者:芦辺拓(あしべ・たく) 出版:文藝春秋 初刊:2004 装丁:京極夏彦 with Fisco 写真 大嶽恵一 定価:1857円+税 ISBN4−16−321370−8 |
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[あらすじ] 近世の中国、栄国邸に作られた一大人工楽園『大観園』。 賈家の絶世の貴公子・賈宝玉と少女達はその理想郷に移り住み、優雅な生活を営んでいた。 そんな中、不吉を予感させる謎めいた一通の詩句が北静郡王の手許に回ってきた。その文面から賈家への災難を予言する意味を読みとった北静郡王は、名判官の名高い頼尚栄に対し、賈宝玉と協力して、凶事が起こった際にはその真相を白日のもとにさらけ出すよう任免した。 漠然とした危惧観であり杞憂とも思えたが、しかし、間もなく『大観園』内で殺人事件が発生した。しかも、不可解極まる現状での凶行に頼尚栄は苦悩する。そうこうするうちに第二、第三の殺人事件が発生する。果たして真相は……? 作者のあとがきによれば、本書は、「本来の意味での”メタ・ミステリ”があまり書かれていないことに対しての実作者としての反論で、その言葉がもともとは指していたはずの『その作品が探偵小説であること自体が探偵小説としての仕掛けにつながっている作品』を何とか作品の形で例示したかった」(p405〜406)とのテーマで書かれたものです。 そもそも、”メタ”とは、メタ理論とかメタ学問みたいに接頭語として使われて、その後にくるものの一段上のものであることを示す語です。したがって、メタ理論といえば理論について論じる理論で、メタ学問といえば学問について論じる学問を意味します。 分かりやすい(?)例としてメタ法文というのがあります。例えば、「法律は公布の日より起算し満二十日を経て之を施行す」(法例第一条本文)という法文は、それ自体法律の条文でありながら、法律の効力について規律しています。 そんなわけで、メタ・ミステリとはミステリについて論じているミステリで、典型的なのは作中作のミステリについて作中の登場人物が語っている入れ子細工(=マトリョーシカ)のものや、登場人物自らがミステリ内の登場人物であることを自覚して行動・発言してるものなんかはメタ・ミステリだといえます。おそらく、ミステリというジャンルが成熟していく一方で行き詰まった閉塞感を打破するために生まれた技法だと思います。私見ですが。 ところが、そんな一般的な意味でのメタ・ミステリに対して、作者である芦辺拓は本来の意味でのメタ・ミステリを希求しています。なぜなら、メタ・ミステリは一段上に立ってミステリを論じるわけですが、それによってミステリそのものを冷めた視点で見てしまうため、本来ミステリが持つべき物語性・世界観にのめり込まなくなってしまうという点に違和感を覚えるからでしょう。 そうした問題意識のもとに書かれたのが本書なのですが、これは見事に成功してます。最大級の賛辞を送るべき大傑作です。「紅楼夢」という既存の物語をミステリとすることによって、ミステリとしての仕掛けがあることを読者に示しつつ、それはさておき作中のストーリーの面白さで読者を満足させつつ、最後の最後にミステリとしての仕掛け、メタの目的であった大どんでん返しが用意されています。ネタばれになるので詳細は沈黙しますが、”推理”という思考方法がスパッと背負い投げされてます。伏線の張り方も巧妙かつ大胆ですし、文句のつけようがありません。 本書のモチーフとなっている「紅楼夢」とは、「水滸伝」「三国志」「西遊記」「金瓶梅」と並ぶ中国四大奇書とされている作品です(”四大”なのに五つあるのがなぜなのかは私も知りません・笑)。もっとも、「紅楼夢」について全く知らなくても、本書を読むのに支障はありません。私がそうでしたから。 冒頭の登場人物紹介の人物数や家系の複雑さや中国風の人名の覚え難さなど、読み進める前段階でのハードルがちょっと高めですが、そこさえ乗り切れば問題なしです。 「本来のメタ・ミステリ」を志向したという作者の思惑はさておいても、本格ミステリとしての快感が存分に得られる快作です。真相は京極堂の妖怪シリーズを本格風味に洗練化したものだと言えると思うのですが、読み応え十分の傑作だと思います。 本書のテーマの性質上、ミステリ初心者にはオススメできないのですが、逆にある程度ミステリを読まれている方には是非とも読んで欲しい一冊です。 |