| デュラララ!! |
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著者:成田良悟(なりた・りょうご) 出版:電撃文庫 初刊:2004 装丁:イラスト ヤスダスズヒト 定価:630円+税 ISBN4−8402−2646−6 |
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[あらすじ] 東京・池袋はイカれた奴らの集う街。 そんな中にあって一際ぶっとんだ存在である、漆黒のバイクを駆って圧倒的な力で敵をなぎ倒す首なしライダー・デュラハン。”彼女”は失われた自らの頭部と記憶を求め、今日も池袋の街を疾走する……。 首なしライダーが主人公って、新しいというか斬新というか凄いなぁと思ったもんですが、よく考えたらもっと身近なところに先行作品がありました。 その名は『アンパンマン』です。彼にとって頭部(アンパン)は他人にとっての食糧であり彼自身のパワーの源ではありますが、別にそれがなくても活動可能です(弱いですが)。実際、絵本のアンパンマンでは顔をお腹を空かせた子どもたちに全部食べさせちゃって、本書のデュラハンみたいな首なしのシュールな姿になっちゃってます。 アニメ版では物語の途中で頭部が入れ替わるのが”お約束”ですが、入れ替わっても記憶の連続性は保たれています。このことからも、彼の頭部が頭脳としての役割を果していないことは明らかです。 では、彼にとっての”頭部”はどこにあるのか? 「仮説その1」として、胸のところにあるスマイル・マークみたいなのが彼の本当の顔であると考えることができます。 しかし、もしアンパンマンがデュラハンであるならば、やはり頭部と体は分離して、頭部は頭部らしい形で別に存在してないとデュラハンとしての美学に反します。それに、アンパンマンにとって頭部がただのエネルギー源に過ぎないのだとしたら、アンパンマンの頭として食パンをのせてもカレーパンをのせても大丈夫ということになってしまいますが、そんなの「アンパン」マンじゃありません。 そこで「仮説その2」ですが、アンパンマンの頭部のオリジナルはジャムおじさんが保存していて、通常はコピーをパン工場で焼き増しして、それによって活動しているのではないでしょうか。記憶の連続性は、オリジナルとコピーが絶えず連絡を取り合って記憶・意識を共有していると考えることで説明可能です。つまり、アンパンマンはデュラハンだったのです!!(笑) とまあ、謎の存在であったアンパンマンについてひとつの仮説を論証することができましたが、私はそもそも何をしたかったのでしょうか? そうそう、書評です(←わざとらしい)。 『デュラララ!!』というのはデュラハンのデュラなわけですが、作者自身が”あとがき”で述べているようにそんなにマジな設定でデュラハンが扱われているわけではありません。首から上がなくても活動できる圧倒的な存在という程度の認識でOKです。そんな非常識な首なしライダーさんですが、性格はいたって常識人だったりします。非常識なのはむしろ他の一般人の方です。折原臨也(一番ヤバイ)とか岸谷新羅とか矢霧姉弟とか”ダラーズ”のリーダーとか、他にもいろいろな変わったヤバイ奴らが集まる街が池袋で、そいつらが織り成すポップでライトなバイオレンス作品が本書です。 デュラハンや製薬会社、失踪したストーカー、ダラーズ、チャットの会話といったそれまで別々にカットバックの手法で描かれていた要素がひとつに集約されていく鮮やかな過程は、さすが『バッカーノ!』の作者だな、と思わせられます。危ないキワモノキャラたちも読んでて楽しいし、エンターテイメント作品としてオススメです。 ……結局、ほとんど「アンパンマンについての考察」で終わってしまいました(笑)。 |