| ゼロ時間へ |
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| 原題:Towards Zero 著者:アガサ・クリスティ(Agatha Christie) 訳者:三川基好(みかわ・きよし) 出版:ハヤカワ文庫 装丁:写真 (C)CORBIS/amana images 初出:1944 定価:680円+税 ISBN4−15−130082−1 |
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[あらすじ] 金持ちでスポーツマンのネヴィルは、オードリーと離婚後にケイと再婚したが、この三人がガルズポイントにある屋敷で2週間ほど共同生活をすることになった。 元妻と妻にその夫がくるということで、屋敷の住人とその知人たちは背後に何か不可解なものを感じながらも、滞在中の時間を楽しく過ごせるように、互いに気をつかいながら接していた。 しかし、不穏な空気は徐々に明らかな緊張感へと発展し、そして凶事が発生する。事態は着実に”ゼロ時間”に向かっていた……。 クリスティといえば、大胆で楽しい趣向で読者を楽しませる抜群の筆力の持ち主ですが、本書の趣向は冒頭で早々と宣言されます。 「わたしはよくできた推理小説を読むのが好きでね」 「ただ、どれもこれも出発点がまちがっている! 必ず殺人が起きたところから始まる。しかし、殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から始まっている――ときには何年も前から――数多くの要因とできごとがあって、その結果としてある人物がある日のある時刻にある場所におもむくことになる」 「すべてがある点に向かって集約していく……そして、その時にいたる――クライマックスに! ゼロ時間だ。そう、すべてがゼロ時間に集約されるのだ」(本書p13〜14) 必ず、ってのはこの時代(本書が書かれたのは1944年)の他のミステリを見てみても言い過ぎだと思いますが(笑)、言いたいことは分かります。てなわけで、本書は殺人が起きる前の人間関係とそのエピソードにかなりの紙数を割いておりまして、なかなか殺人事件が発生しません。それまでのよくある推理小説――まず殺人事件が発生して、捜査が始まり難航し、迷宮入りもやむなしかというところで名探偵が登場し事件を解決!――というのと比べると確かに大胆な構成だといえるでしょう。もっとも、今となってはむしろ当たり前とも思われる手法ですけれど、当時としては斬新だったということなのでしょう。 で、物語はちゃくちゃくと”ゼロ時間”へ向かってカウントダウンを始めますが、”ゼロ時間”を標榜してたわりには殺人事件が思ったよりも早く発生したので「あれ?」と思いました。ところがしかし、そこはさすがのクリスティ。思わぬどんでん返しで”ゼロ時間”の真の意味が明らかになります。さすがです。 殺人事件のトリック自体は、作中の人物も認めているとおり、嘘を嘘でフォローした結果であり、その意味ではアンフェアです。しかし、本書の勝負どころはそこではありません。ゼロ時間までに描かれていた様々な要素が、ゼロ時間にどのように収斂されるのかということであり、その見事な終局図を見せられてはグーの音も出ません。 こんなふうに書きますと、結局登場人物たちの動きはすべて予定調和に向かって計算され尽くされたものであり駒に過ぎない、いかにも作り物めいた話なんだなと思われるかもしれません。それはそのとおりです。しかし、そこにはドラマがありますし、そのことは登場人物たちが駒であることと矛盾しません。この調和こそが本書の仕掛けの真骨頂なわけです。ゼロ時間を強調することで、逆にそれまでの過程の重要さが明らかになっており、クリスティの意図は間違いなく成功していると思います。構成力の優れた作品なので、ミステリというより小説として非常に読みやすいものとなっていますので、案外クリスティ初心者にオススメかもしれません(もっとも、初心者には”ゼロ時間”の意味が分かってもらえないかもしれませんが…)。 ちなみに、殺人事件の瞬間を”ゼロ時間”としている本書ですが、当叙の方法をとっているわけではありませんし、殺人事件発生=物語終了という感じにはなっていません。残念といえば残念ですが(笑)、そこは仕方のないところなのでしょう。ただ、ホントにゼロ時間を体感できるものとしてバークリーのレディに捧げる殺人物語(←注! ネタばれ書評)がありますが、これなんかはほとんどミステリじゃありませんしね。面白いですけど。 変わったものとしまして、タイム・リープ(※註)という作品があります。この作品では、事件(殺人じゃないですけど)自体は物語時間の開始前に既に発生しているのですが、主人公の意識が通常の時間の流れから乖離して独自の時間移動をしてしまう、タイム・リープという現象に襲われます。その結果、主人公の意識は混乱した時間移動を繰り返して、火曜→木曜→水曜といった時間の流れを体感します。その果てに、過去に経験していたはずの事件を、物語の最終盤で経験することになります。これはジャンルとしてはSFなのでしょうが、ゼロ時間に挑戦しているという意味では、クリスティの本書の仕掛けの系列につらなる立派なミステリだといえるでしょう。 ※註 タイム・リープ あしたはきのう(上・下) 著者:高畑京一郎(たかはた・きょういちろう) 出版:電撃文庫 初刊:1995 装丁:カバー・口絵デザイン 鎌部善彦 イラスト 衣谷遊 上巻 定価:485円+税 ISBN4−8402−0558−2 下巻 定価:485円+税 ISBN4−8402−0559−0 ハインラインの『夏の扉』などの時間移動ものに言及しつつ、それらにつきもののタイム・パラドックスについての解釈が新しくて面白い作品です。 エピソード自体は簡単なもののはずなのですが、その割には因果が入り組んでまして、何が原因で何が結果なのかが混乱してきます。よく考えればボロがでてくるのかもしれませんが(コラコラ)、そんなことせずに時間の流れと運命に立ち向かう少女の物語を素直に楽しむのが吉でしょう。 それにしても、この作品、イラストと登場人物のギャップが著しいように思うのは私だけでしょうか? どいつここいつも高校生らしくなければ、犯人の顔が怖すぎます。イメージが台無しだと思いました(笑)。 |