| マルドゥック・スクランブル(全3巻) |
|
|
著者:冲方丁(うぶかた・とう) 出版:ハヤカワ文庫 初刊:2003 第1巻 The First Compression ――圧縮 定価:660円+税 第2巻 The Second Combustion ――燃焼 定価:680円+税 第3巻 The Third Exhaust ――排気 定価:720円+税 |
|
[あらすじ] 賭博師シェルの策略により、少女娼婦バロットは車ごと爆破された。爆炎の中から彼女を救ったのは、委任事件担当官の”ドクター”と、ネズミ型万能兵器ウフコックだった。 高度な電子干渉能力”電子攪拌(スナーク)”を得て蘇生した彼女は、自らの生命を賭けてシェルの犯罪に対峙することになるが、そこに敵方の事件担当官ボイルドが立ちはだかる!! 思考と暴力の疾走する本格ハードSF!! この本について語るときに、ほとんどの書評サイトで触れられているのがカジノシーンの見事さですが、ホントに凄いのでやはり語らないわけにはいきません。 SFなんて興味ないや、って人にもこのカジノの場面だけは読んで欲しいです。2巻のp179から3巻のp233までです。もちろん全て読むべきですが、最悪そこだけでも読んで下さい(コラコラ)。 それでも長いと言うならば、アシュレイとのブラックジャック戦だけは読んで欲しい! とにかく凄いのです(ベル・ウィングとのルーレット戦も必読!)。何故生まれて、何故愛されて、何故愛されず、何故殺されて、何故生き返って、そして何故戦うのか? 苛酷な現実を生き抜くためバロットに必要なその問いの答えが導き出されるこのシーンは、本作の白眉中の白眉です。右脳と左脳、計算と感性、偶然と必然、意識と無意識、無我と超感覚が入り乱れて交錯してすれ違って衝突して、とにかく凄いのです。 落ち着いて考えると、ブラックジャックってこんなゲームだったか? と騙されてるような誤魔化されてるような気はするのですが(笑)、そんなケチな疑問を吹き飛ばすだけの圧倒的な迫力がこのシーンにはあります。もう読め読め読め! と、まあカジノシーンはホントに凄いのですが、それだけで終わってしまうと書評サイトとしての個性に欠けるきらいがあるので(笑)、それ以外の本書の魅力や特徴なんかも語ってみましょう。 マルドゥックの法は厳しいです。バロットは殺人事件をはじめ少女買春など、たくさんの犯罪の被害者であるにもかかわらず、その権利を主張・獲得するためには委任事件担当官に依頼をして、自らの生命を賭けて戦わなければなりません。もっとも、生命を賭けているのは相手も同様で、究極的には平和を目的としている、法という名のルールがあるにもかかわらず、その概念の中で血で血を洗う死闘が繰り広げられます。互いの生命の価値を賭けたぶつかり合いです。『闘争において汝の権利=法を見出せ』という、古典的法哲学書「権利のための闘争」(※註1)の中の一節を思い出しました。そんな主張の具象化ともいうべき闘争の相手して立ちはだかる強敵が、敵方の委任事件担当官ボイルドです。 バロットはボイルドに何度も応戦し死線をくぐります。死力を尽くし、ウフコックを濫用し、それでも勝てない最悪の相手です。しかし、カジノでの厳しくもかけがえのない経験を経た彼女は、ボイルドとの最後の死闘を前にしてウフコックに自らの覚悟を語ります。――殺さない。殺されたりしない。殺させもしない。 これは、いみじくも『権利のための闘争』が主張する理想の高み、「利益という低い動機から始めて、人格の倫理的自己保存という一段高い見方に至り、ついに国家共同体の利益のための権利=法理念の実現への個人の協力(同書p87)」に辿り着いちゃってるわけで、物語の展開として見事な流れだと思います。 マルドゥック・スクランブル―09とは緊急法令の一つで、非常事態において法的に禁止された科学技術の使用が許されることで、この世界では科学技術の開発・使用は国家によって厳重に管理されていて、それに背いた者は処罰されますし、作られたものは廃棄されます。ウフコックやドクターは自らの存在・技術が社会にとって有用であることを証明しなければならないわけで、マルドゥックの世界では学問・研究の自由が極端に制限されていることになります。 いかにもSFって思われるかもしれませんが、しかし、現実社会だって核開発やクローン技術は法によって制限されています。さらに、2004年5月にはWinnyというファイル共有ソフトの開発者が著作権法違反の幇助の容疑で逮捕されています(※註2)。科学の進歩と社会秩序の緊張の高まりは明確なものとなってきています。社会への有用性なくして存在価値なし、という社会へこのまま突き進むのか? そもそも有用性とは何か? 本作でこの点を深く考察して読む読者はほとんどいないと思われますが、結構大事なテーマだと思います。 あと、命を賭けて戦っている割に優しいんですよね。バロットは自分の命を狙っているボイルドについてのことを訊くのに相手のプライバシーを侵害することを気にしてますし、ボイルドはボイルドで最後の戦いにあたってシェルの命を自らが消さなければならないことに躊躇いを感じたりしていて(そういうことですよね?)、奥ゆかしいと言いますか何と言いますか…。ただ”生きること”を賭けてるんじゃなくて、”生き方”を賭けてるって感じでハードボイルドです。 とにかく、一番のオススメがカジノの場面であることは間違いありませんが(笑)、それ以外にも読みどころはたくさんありますので、総合的にもオススメです。 ※註1 『権利のための闘争』 原題:Der Kampf um's Recht 著者:ルードルフ・フォン・イェーリング(Rudolf von Jhering) 訳者:村上淳一(むらかみ・じゅんいち) 初刊:1894(但し第11版) 出版:岩波文庫 定価:350円+税 ISBN4−00−340131−X ドイツ生まれの法学者の本となると、一般に論理にこだわりすぎて堅苦しく、教条的で辟易するなんてイメージがあったりします(笑)。 しかし、本書は講演が下敷きになっているということもありますが、かなり読みやすいものとなっており、しっかりした土台の上で、熱く激しくその主張を語っています。 本書の主張はタイトルどおりで、自己の権利が蹂躙されるならば、それはその目的物への権利が侵害されているだけでなく自らの人格までも否定されていることなのだ。権利のために闘うことは自らのためのみならず、国家・社会に対する義務であり、ひいては法の生成・発展に貢献するのだ――と実に分かりやすくも普遍的な主張です。 理屈のみならず心情にまで訴えかける本書の主張は、時代や国家を超えて末永く読み継がれていくことでしょう。 ※註2 2004年5月10日、ファイル共有ソフト『Winny』の開発者である47氏こと金子勇氏が、Winnyを開発したことにより見ず知らずの2人の違法行為を手助けしたとして著作権法違反幇助容疑で逮捕されました。 幇助行為の定形性や幇助の故意、著作権侵害の故意など問題点はたくさんありますが、ここでは学問の自由との関係についての問題のみに焦点を絞っておきましょう。 新しい科学技術の開発はメリットとデメリットがつきものなわけで、既存の社会秩序から見るとその秩序を乱すような技術が開発されることもあるでしょう。そうしたときにデメリット面ばかりをあげつらってその開発を犯罪とすることが当然視されるようになっては学問・研究の自由はないも同然です。 したがいまして、学問・研究の自由の保障を大前提としつつ、規制の必要があるならば法律の制定を以って禁止・制限の対象を明確にすることで対応すべきでしょう。魔女狩りめいた公権力の行使には賛成できません。 さらに詳しいことは金子勇氏を支援する会などで、事件の経過等も併せてチェックすることができます。 |