| はなれわざ |
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原題:TOUR DE FORCE 著者:クリスチアナ・ブランド(Chritianna Brand) 訳者:宇野利泰(うの・としやす) 出版:ハヤカワ文庫 初刊:1955 装丁:イラスト 吉田臣+R 定価:940円+税 ISBN4−15−073003−2 |
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[あらすじ] 休暇をイタリア周辺ツアーで過ごすことにしたコックリル警部だったが、旅先の孤島で殺人事件に遭遇してしまった。しかも、彼自身が見ていたものが確かだとしたら、犯行は誰にも不可能な状況だということになってしまう。 地元警察の捜査によって犯人にされかかった彼は、自ら事件の調査に乗り出すが……。 その昔、いわゆるミステリ、推理小説全般について「人間が書かれていない」という批判がなされていた時代がありました。 しかし、別に「人間を書かなくてはならない」というルールが小説にあるわけではないです。そもそも、ミステリで人間をしっかり書いてしまったら、倒叙などの特殊なものを除いてはミステリとして成立しなくなってしまうという事情(私が殺ったのがばれたらどうしよう? なんて描写があったら全てが台無しです。それはそれでギャグとして面白そうですが…)があるわけで、言わば、分かってて書いてないわけです。何よりも謎解きの魅力を優先させた結果なのです。それを色々言われても作家は困るでしょう。その辺はよ〜く分かります。 それを承知の上で、それでも人間が書かれていればそれに越したことはない、と読者は貪欲に思うわけです。もちろん、本格としての謎解きスピリットはなきゃダメです。作家の苦悩・苦労など知ったことのない無茶な注文ですね(笑)。でも、そんな秘境を夢見る読者に本書はまさにオススメです。 何て言うとちょっと褒め過ぎでしょうか? トリック自体は単純といえば単純なので、分かっちゃう人もいるかもしれません。 実際、読み返すと、どうして分からなかったのか馬鹿馬鹿しく思えてきますが(笑)、しかし、それこそ傑作というものでしょう。 繰り返される仮説の構築・再構築はとても楽しいですが、その中にあって、どうにも説明のつかない違和感がずーっとあります。真相を知ってしまえばそれが何なのか分かりますが、それは論理的に物事を考えようとするときに考慮の外に置いてしまいがちな人間性だったりしまして、完全に意表を突かれました。論理的矛盾とか物証とか、そういうのばかりを気にしていたためにブランドの思い通りに騙されてしまったのでしょう。 それまで何を考えているのか分からない、皆が皆、推理小説のレッド・へリングとしての存在だったものが、真相が明らかになってから血が通いだして生き生きとしだすのがとても印象的です。 ↓以下、本書のトリックについてのネタばれ考察です。 ただ、ミステリの暗黙のルールとして、「三人称の文章で嘘の記述があってはならない」というのがあります(※註)が、本書の場合どうでしょうか? 本書は基本的に三人称でずーっと書かれています。で、ヴァンダ・レインがルーヴァンを殺して、自らがルーヴァンに成り代わって他の人物たちと接していますが、そのときの表記はいずれも「ルーヴァン」となっています。 まあ、嘘といえば嘘ですよね。だからといって、「ヴァンダ・レイン」なんて書いたらトリックになりません。よくある手としては「彼女」と表記することが考えられますが、これでもばれちゃうでしょう。となると、本書のように「ルーヴァン」と表記するほかありません。 しかし、だからアンフェアなのかといえば、そうではないと思います。というのも、本書の場合は、この二人が私生活でも入れ替わった生活をしていたという記述が、事件の発生前の時点できちんとなされているからです。 このあたりが本書のタイトル「TOUR DE FORCE」(邦訳は「はなれわざ」ですが、直訳気味に訳すと「力わざ」)の意味するところでしょう。 ※註 「三人称の文章に嘘があってはならない」というルールですが、いつ誰が言い出だしたのかは分かりません。ご存知の方がいたら教えてもらえるとうれしいです。 このルールをテーマにしたミステリとしては、『どんどん橋おちた』(綾辻行人・著 講談社文庫)なんかがオススメです。 ↑ここまで。 とにかく、大胆不敵なトリックは一読に値します。古典と呼ぶには新しすぎる、未読の方が羨ましい一冊です。 |