| 陰の季節 |
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| 著者:横山秀夫(よこやま・ひでお) 出版:文春文庫 初刊:1998 装丁:イラスト 西口司郎 デザイン 多田和博 定価:448円+税 ISBN4−16−765901−8 |
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第5回松本清張賞賞受賞作の”D県警”を舞台にした短編集です。 今までになかった、変わった警察小説です。 どの辺が変わってるかといいますと、警察内部の、管理部門の人間を主人公にした小説だからです。 この小説、上川隆也が主演で同名の二時間テレビドラマとしてシリーズ化されていますから、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。 ただし、ドラマの方は主人公を始め、かなり、かな〜り美化されています。小説の方がはるかに陰湿で陰険で、でも身につまるものがあります。 すなわち、事件が発生して、それを解決に導こうとするのは普通の警察小説と一緒ですが、管理部門の事件解決の目的は組織防衛です。 真相解明とかは必要があればやりますが、それは二の次です。 権謀術数、虚実入り混じった、 「事件は現場で起きてるんじゃない。会議室で起きているんだ!」 という小説です。 謎解きミステリーを書く上で、もっとも邪魔なのは警察だったりします。彼らの捜査にかかれば大抵の事件は解決してしまうのが普通です。 そんな警察の捜査力を回避するために、推理作家は、場所を変えたり時間を変えたりと、様々な工夫をします。 しかし、そんな警察の捜査力がもっとも及ばないのが警察内部だというのは皮肉なもんです。 実際、各短編の主人公達が解決を迫られる事件は、普通だったら犯罪として扱われ、捜査が行われても良さそうなものばかりなのですが、もちろんそんなことはできません。 組織防衛のため、自らの出世のため、彼らは自らの知恵をしぼり、信頼できる数少ない情報筋を頼り、孤独な戦いを強いられます。 そんな彼らの姿は、推理小説やハードボイルド小説の主人公に見えたりするときもあるのですが、所詮は管理部の人間、中間管理職としての悲哀がそれらを全て包み込んでしまいます。 今はほとんど聞きませんが、その昔、いわゆる本格ミステリ作品に対して、「人間が書けていない。まるでゲームの駒のようだ」という批判がされていました。 その批判の適否についてはここでは割愛しますが、この作品の場合、人間は書けています。特に嫌な部分はたっぷりと(笑)。でも、組織の中のルールに縛られた人物たちは、まさにゲームの駒扱いです。そういうところも面白いです。 以下、短編ごとにちょっとしたネタばれまがい(コラコラ)の雑感を。 陰の季節 表題作。 テレビドラマの主人公は二渡真治ですが、彼が主人公なのはこの話だけです。全編通して切れ者として扱われている彼ですが、この話ではとんだ道化役をやらされていて好感が持てます(笑)。 でも、人事パズルを完成させるための苦悩は必見ですね。 地の声 もっとも管理職の悲哀が表れている作品ですね。 新堂について二渡が下した判断は、組織防衛というものを考えさせられます。不問に付すという、新堂が下した判断だって、人情を別にしても、ありだと思うのですが…。 えっ?真実?正義?何ですかそれは(笑)。 黒い線 セクハラのお話です。 関係ないですが、この”セクハラ”という言葉、マスコミはときどき、ただの強制わいせつ、痴漢行為に対してこの言葉をあてることがあるので、何とかして欲しいです。 本題に戻りますが、女性警察官個人が抱える問題、警察組織の制度が抱える問題など、本短編集でもっとも社会性の強い作品です。 長編『顔-FACE-』につながる作品なので、横山ファンなら是非とも押さえておきたいです。 鞄 「議会対策」という、とんでもなく無駄に思える職務の課長補佐の警部が主人公のお話です。 民主主義政治の下では、行政の活動が議会を通じて国民に説明されるということは、単なる建前論を超えて、密室性の高い警察組織の透明性の確保という点からも非常に重要なのですが、それにしてもこの茶番ぶりはどうでしょう(笑)。ここまで来ると逆に微笑ましく思えてきます。 本作の主人公が巻き込まれる事件も、真相はハッキリ言って茶番ですが、でも、全然微笑ましくないですね。 |