| 象と耳鳴り(THE ELEPHANT AND THE TINNITUS) |
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| 著者 恩田陸(おんだ・りく) 出版 祥伝社文庫 初刊 1999 装丁 カバーデザイン 中原達治 定価 562円+税 ISBN4−396−33090−1 |
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私は短編集が大好きです。物語の核であるアイデアをダイレクトに味わうには短編が一番です。仮にそれがハズレであっても、短編なら時間の損失も少ないので腹も立ちません。何より楽に読めます(笑)。 しかし、出版社側の事情としては、長編に比べて短編集は売れ行きが伸びないらしく、敬遠されがちのようです。 加えて、本格ミステリの短編となりますと、どんなに良質なトリック・ロジックであっても、問題→ヒント→答え、という、なぞなぞ本(それはそれで面白いですが)みたいに感じてしまうことがままあります。そんなわけでありまして、例えば、短編ミステリの傑作として名高いエドワード・D・ホックの『サム・ホーソーンの事件簿T』(※註1)ですが、個人的にはあまり好みではなく、同氏の短編集だったら、少しミステリ色の薄い『夜はわが友』(創元推理文庫)の方が好みだったりします。 そんなわけで、長い前置きになりましたが、『象と耳鳴り』です。 本書は、本格ミステリの短編集です。それはもう、コテコテの本格物です。にもかかわらず、上述のようなパズル臭さは全くありません。 ですから、多分、ミステリ入門として最適の本だと思いますが、それでいて、うるさがたのミステリ・ファンだって唸ってしまうこと請けあいの作品です。 論理という理屈は、大体において物事を興醒めにしてしまいますが、本書における論理はさらなる別世界への飛躍を感じさせてくれます。決して荒唐無稽という意味ではありません。どういうことかは、実際に読んでいただくしかないと思いますが、想像力が心地よく刺激される、そんな感じのミステリです。 本書の使用上の注意としましては、必ず順番どおりに読んで下さい。単独でも読めますが、その方が面白さ倍増です。 それから、本書において主人公ともいうべき役割を担っているのが、威厳と飄々さを兼ね備えた退職判事の関根多佳雄です。この人物は恩田陸のデビュー作『六番目の小夜子』(新潮文庫)(※註2)で、主人公の父親役としてチョイと出ています。でも、そちらは読んでなくても本書を楽しむのに支障はありません。 全部で12作品収録されていますが、作品ごとに違った趣向がこらしてある、サービス満点の本です。以下、各作品に短くコメントを。 何と言っても一押しは『ニューメキシコの月』(※註3)です。 次点は『曜変天目の夜』でしょうか。本格度はピカイチだと思います。 『新・D坂の殺人事件』と『待合室の冒険』は古典ミステリをアレンジしたもので、こちらも本格ファン向けでしょう。 『象と耳鳴り』は、実に意味深で意味不明で、表題作として最適です。評価としては真ん中くらいです。 『廃園』は、果たしてこのトリックが現実に成立するのか考えると少々疑問が残ります(笑)。いや、素直に幻想的な風景を楽しみましょう。 『誰かに聞いた話』は、ショートショート並みの短さで、論理と解答の逆転という離れ業をやってます。脱帽。でも、こういうことって意外と身近にありそうだと思いました。 『机上の論理』は、NHKで昔やってた某番組ですね。磯田和一あたりにイラスト書いて欲しいです(笑)。 『往復書簡』は手紙のやりとりだけで展開するミステリですが…(ネタバレしたい)。 『給水塔』は地味な作品のはずなのになぜか幻想的。『海にゐるのは人魚ではない』は根拠なしの論理だけなのにかなり俗なお話。対照的な作品です。 『魔術師』は、地方自治という、およそミステリらしくないテーマです。論理に裏づけされる必然性よりも、それに解消されない予測不能な偶然性が読みどころだと思います。赤い犬の正体は面白かったです。 とにかく、全部面白かったです。本書を読まずに短編ミステリを語るな、というくらいにオススメですので、未読の方は騙されたと思って是非是非。 ※註1 2000年『IN☆POCKET 文庫翻訳ミステリーベスト10』海外部門第2位、『週刊文春 傑作ミステリーベスト10』海外部門第3位に選ばれています。ちなみに、同じく創元推理文庫から『サム・ホーソーンの事件簿U』が刊行されています。 ※註2『六番目の小夜子』 内容はといいますと…微妙です(笑)。新潮文庫の第三回ファンタジー大賞候補作です。あくまでファンタジーなので、ミステリだと思って読むと痛い目にあいます。 サヨコという、学園七不思議めいた奇妙なゲームを巡る青春小説ですが、ホントに微妙です。物語の流れは、春夏秋冬、そして春と、しっかりと流れているのですが、物語内でのエピソードや登場人物たちの感情はとてもちぐはぐで、しっくりきません。分かるようで分からない、チリチリした感じです。もっとも、それこそ青春小説ならではのものかもしれませんが…。 ※註3『ニューメキシコの月』 ネタバレまがいの深読みです。未読の方は避難して下さい(笑)。 フィクション・ノンフィクション問わず、理解不能なシリアル・キラーが日常的なものとなってきた昨今では、共感可能なシリアル・キラーというのは新鮮です。 この作品で明示されている一義的な謎は、「被害者たちの共通点は何か?」で、それについてはきちんと解答が出されています(早い段階で分かっちゃいましたが)。 しかし、私がよりこだわり、面白いと思ったのは、「なぜ室伏は貝谷を(愛情に近い気持ちで)憎んでいるのか?」という点です。 室伏は、怒りと侮蔑をもって自殺志願者を殺した。そんな彼も、人を殺していくうちにその負担に耐え切れず司直に身を委ねることを選ぶ。そうすれば、彼は国家によって死刑を言い渡される。しかし、それでは彼が殺した者と同じだ。そんな彼を裁く側にいる貝谷。貝谷の中に自らを見て、自己投影した彼は貝谷を憎み軽蔑する。その一方で、彼は貝谷によって救われる(死刑に処されることで)…。 と、まあ、いつもながら暴走気味の深読みですが(笑)、とても面白かったです。室伏のそうした屈折した心理は貝谷にどう影響するのか?いずれは貝谷も室伏のようになるのか?などという勝手なことを考えてたら、最後に収録されている作品『魔術師』で貝谷が検事をやめていることに、アイヨシ的には大納得。作品中では「農業を継ぐ」が動機ということになっていますが、個人的には、上記のような心理が働いたからに違いない、と根拠も無く思っています(笑)。 …とにかく、曲解だろうが誤読だろうが、楽しんだ者勝ちということで(コラコラ)。 |