海賊島事件(the man in pirate's island)
著者 上遠野浩平(かどの・こうへい)
出版 講談社ノベルズ
初出 2002
装丁 イラスト 金子一馬
定価 900円+税
ISBN4−06−182282−9
※『ファンタジー×ミステリー』シリーズの3作目です。前作として『殺竜事件』『紫骸城事件』がありますので、興味のある方はそちらからチェックして下さい。

CAUTION!今回の書評は”あらすじ”から最後まで既読者限定です。

[あらすじ]
 治外法権の海賊島に、不可解な密室事件の最重要容疑者が逃げ込んだ。身柄の引き渡しを要求するダイキ帝国に対して、それを拒否する海賊島側は、調停役として小国の大尉リーゼ・レスカッセを指名した。風の騎士クリストフを世界の王にする野望を持つ戦地調停士エドは、この機に乗じ、未来の王女としての彼女の名声を高めるべく、密室事件の解決に乗り出した!



 この”あらすじ”を読んで、「そんな話だったか?」と思われる方も、もしかしたらいらっしゃるかも知れません。確かに、『この機に乗じ、未来の王女としての彼女の名声を高めるべく』などという記述は本文中のどこにもありません。
 しかし、本書で問題となっている密室事件の真相を冷静に考えてみますと、そうとしか考えられないのです。結論だけ先に述べますと、探偵役であるエドは、法的論理のアクロバットによって真実をごまかしています。そのアクロバットの目的が、上述の”あらすじ”でアイヨシが付け足したものなのです。以下、そのことを論証していきたいと思います。


 スキラスタスが犯人か?というリーゼの問いに対して、エドは、いいえ、と答えます。エドの推理によれば、真相は被害者である夜壬琥姫(やみこ・ひめ)の自作自演による自殺であり、したがってスキラスタスは犯人ではない、というものです。
 しかし、本当にそうでしょうか?
 説例を用意して考えてみましょう。XがZという人物を川に落として怖がらせてやろうと思って、目の前にきたZであるはずの人物を川に叩き落しました。しかし、XがZだと思っていた人物は実際にはYで、Yはカナヅチだったために溺死してしまったとします。Xは無罪でしょうか?
 そんなわけがありません。犯人はXに決まっています。もっとも、Xには、ZにしろYにしろ、人を殺すつもりはありませんでした。しかし、川に叩き落そうという傷害の故意はありました。したがって、殺人罪ではなく傷害致死罪になると思われますが、犯人であることに変わりはありません。
 XがYをZと誤認したのはY(=Z)の策略の結果であり、Yとしては自らの死を望んでいたとしても、罪名は変わりません。情状として酌量されて罪が軽くなることはあるかもしれませんが、無罪になるほどのものとは思えません。一人の人間を川に叩き落したのは、間違いなくXの意思によるものなのですから。
 本書の場合も説例と同じです。スキラスタスは夜壬琥姫(達)の策略によって、キリラーゼとスキラスタスが別人だと誤認して、結晶化呪文をかけました。人体の一部を結晶化する行為は傷害罪にあたると考えられます。しかし、彼がキリラーゼだと思っていたものは実際には夜壬琥姫だったために、全身が結晶化してしまい、彼女は死んでしまいました。したがって、犯人はスキラスタスに他ならず、罪状は傷害致死になります。

 ついでに補足しますと、本書の場合の、夜壬琥姫の黒幕性もはなはだ疑問です。彼女とスキラスタス(=キリラーゼ)とのやりとりを見てみますと、この程度の会話を『夜壬琥姫の自殺行為』と考えるわけにはいかないと思います。この程度のセリフを浴びせられたという理由で、人体結晶化魔法を使われてはかないません。可能性はゼロではないかもしれませんが、自殺行為と呼ぶには希薄な行為。つまり、本書での夜壬琥姫の行為を無理に定義しようとすれば”プロバビリティの自殺”とでもいうべきものでしょう。犯罪性は認められません。したがって、犯人はやっぱりスキラスタスです。もしこれでスキラスタスが無罪になるのであれば、安楽死を行なった医師が犯罪に問われることもないでしょう。ここまでくると、法的知識というよりは一般常識の問題となるでしょう。

 問題はここからです。法律的には上記のように考えられるわけですが、にもかかわらず、本書の探偵役であるエドは、スキラスタスは犯人ではない、と法律的に誤った結論を提示して事態を収拾させます。この誤りは、エド(あるいは作者)が法律的知識・思考に無知であるがゆえのものなのでしょうか?

 いや、もう、これは断じてそういうわけではないのである。

 私がそう断じる理由は二つあります。
 一つ目は、文中での表現です。例えば、
 「…偶然性に頼った芸術は、その偶然が素晴らしいのか、その偶然を良いものだとする芸術家の方に意味があるのか…」(p141)というエドの言葉は、暗に読者に対する挑戦と受け取ることが出来ます。
 「…事件の解釈はどんな風にでもねじ曲げられる」(p144)というエドの言葉は、まさに、エドの主張する推理の法的誤りが確信犯であることを証明しているものと思われます。
 さらに、作中でエドとリーゼのやりとりは一枚の呪符による一瞬の連絡によっていますが、これも不自然です。これほどの重大事件を真面目に解決するつもりなら、保険をかけて、複数枚呪符を用意するのが普通で、それができないはずはありません。それをしなかったというのは、細かいことをそのときに尋ねられることをエドが嫌ったとしか考えられません。つまり、スキラスタスは犯人ではない、という結論が先にあったことになるのです。

 二つ目は、作者である上遠野に対するアイヨシの信頼です。上遠野浩平といえばその出世作は『ブギーポップ』シリーズですが、その中に『「ブギーポップ アンバランス」ホーリィ&ゴースト』という作品があります。(フジモリの書評がこちらにあります。)
 この作品は、各章題に刑法の罪名が使われています。例えば、第一章が『第一犯例 窃盗』、第二章が『第二犯例 強盗』というようにです。
 このことから、作者の法律・刑法に対する造詣の深さを知ることが出来ます。このような知識を有している作者が、本書、いやシリーズ全体の探偵役であるエドに、かくの如き法的過ちを、無目的に犯させるわけがありません。ましてや凡ミスなどあり得ません。それは作品・作者に失礼というものです。

 以上のことより、本書におけるエドの推理の法的結論の誤りが確信犯であることが証明されました。しかし、それでは、エドはなぜそのようなことをしたのでしょうか?
 もし、エドが法的に正しい結論、「犯人はスキラスタスである」という答えをリーゼに伝えていたとしたら、物語はどうなっていたでしょうか?海賊島側はしぶしぶながらもスキラスタスを引き渡し、帝国側は武力を行使する口実はなくなりましたが、スキラスタスの身柄を受け取ることはできるので面目は保たれます。このような平和な(物語としては面白くも何ともありませんが…)展開が予想されます。これはこれで、戦地調停士としての仕事を果したことになると思います。
 この場合と比べますと、本書の展開で名声を高めた人物が二人います。
 一人は、インガ・ムガンドゥ三世です。しかし、これについては、エド自身が彼のことを「あれは、恐ろしい男です」(p285)と述べていることから、エドにとって彼は厄介な存在であることが分かります。したがって、ムガンドゥ三世のためにこのようなことをしたとは思えません。
 もう一人は、リーゼ・レスカッセです。彼女の名声を高めることこそ、今回の事件での、エドの真の目的だったのです。
 もし、事態が平和的に解決していた場合と比較しますと、事態の収集に彼女が貢献した(と思われる)度合いは格段に違います。今回の事件によって、彼女は帝国と海賊島とのいざこざを解決した人間として世界に知られることになりました。しかも、彼女と風の騎士との関係を公のものにする土台を築くことにも成功しました。エドは、シリーズ一作目の『殺竜事件』において、彼が世界の王にしようとしている風の騎士クリストフの妻としてのリーゼの人間鑑定を行ない、一応、合格の判断を下しています。未来の王に変な虫がついては困ります。それに相応しい女王が必要です。エドは、そのための布石としてこの事件を最大限に利用したのです。
 したがって、次回作以降では、海賊島事件を解決した女傑にして風の騎士の未来の妻候補として、リーゼの名前が出てくることが予想されます。風の騎士を世界の王にするというエドの計画は、順調に進んでいることでしょう(笑)。

 蛇足ながら、今回の事件によってエドはもう一つの成果を得ることができました。
 エドは、カシアス・モローを自殺幇助罪に当たるとして罪人扱いしています。しかし、結論的には、これは言い掛かりです。
 自殺幇助というからには、夜壬琥姫の死という結果の発生を助長するような行為を行なった必要があります。しかし、モローが行なったのは、夜壬琥姫の代わりとして手紙を受け取るという行為のみで、これだけでは夜壬琥姫の生死には何の影響もありません。
 スキラスタスが結晶化魔法をかけることを静観していたことは自殺幇助に当たるでしょうか?夜壬琥姫とモローの話し合いがいつから行なわれていたかがよく分からないので、既に魔法がかけられた後に相談を受けたのであればこの疑問は無駄なものです。しかし、そうでなくても、結晶化魔法がかかったことが第三者や魔法の対象者に分かるようでは、スキラスタスが結晶化魔法を使うことなどないでしょう。したがって、モローには、夜壬琥姫に結晶化魔法がかかることを防ぐことはできなかったものと思われます。そもそも、そんな義務もありません。
 魔法がかかった後では、モローにできることはおそらく何もありません。モロー自身が解除魔法が使えるわけもなければ、おそらく落日宮と、その周囲に、そのような魔法が使える者はいなかったと考えられます。したがって、タイムリミット(いつかは分かりませんが)まで、モローにできることは何もありません。また、あったとしてもモローにそれをする義務はないので、犯罪に問われることはありません。何より、上述したように犯人はスキラスタスなのです。
 夜壬琥姫とモローが計画を話し合った時期によっては(スキラスタスに魔法をかけられる前なら)、モローに自殺幇助罪ではなく自殺教唆罪が成立する可能性はあります。しかし、計画の適当さ(エドも呆れていますが、付け髭ですヨ)といい、さらに、キリラーゼ(落日)を待っている、という噂はずっと以前から彼女自身が流していたのですから、おそらく、彼女がほぼ一人で計画したものと考えられます。したがって、モローが犯罪に問われることはほとんどないと思いますし、もしそうでなかったとしても言い逃れることは容易でしょう。
 にもかかわらず、エドはモローを犯人扱いしました。これは何故か?もともと、エドとモローは試験官と受験生という上下関係がありました。そうした、精神的に服従しがちな状況にかこつけて、モローから言い逃れの機会・気概を奪い、エドはモローに恩を売ったのです。そうしておきながら、彼を戦地調停士に任命することによって、単に先輩後輩という関係以上の”パシリ”を手に入れることに、エドは成功したのです。これはもう、見事の一言に尽きます。恐るべしエド!恐るべし上遠野!(笑)


 正直、本書を一読したときの感想は、「どこが密室だ?!殺人だ?!金返せ」と思ってしまいました。ゴメンナサイ。
 これほどまでに知的興奮を覚えながら書評を書くことができたのは今までに例がありません。とても面白かったです。自分としては、「読み切った!」という(自己)満足感で一杯です。


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