| 狂人の太鼓 | |
| 原題:MADMAN'S DRUM 作者:リンド・ウォード(Lynd Ward) 初刊:1930 出版:国書刊行会 装丁:日本版タイトル文字 妹尾浩也 定価:2000円+税 ISBN4−336−04455−4 |
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洋書であるにもかかわらず、訳者名が抜けていますが、これは脱字ではありません。かといって、アイヨシが突然英語のスペシャリストになったわけでもありません。 実はこの本、字のない小説なのです。物語を語るのは120枚のモノクロの木版画のみです。 こんな馬鹿な、もとい、変な本に出会ったのは人生で2度目です(笑)。 テキストが全くないので、絵本ではありません。だったら画集ではないかと思います。しかし、あえて”小説”を名乗る以上は、それ相応のストーリーがあるのでしょう。 これは挑戦状を叩きつけられたのと同じです。だったら、読んであろうじゃありませんか。 というわけで、以下に、アイヨシが読み取った本書のストーリーを書き綴っていきます。 この本、本当にテキストがないので、解釈の多様性は通常の書物の比ではありません。 したがって、アイヨシの解釈が絶対的なものであるはずもありませんし、それどころか多数派の読みであることすら全く保証できません。 実のところ、他の人が本書をどのように読んだのか知りたいくらいです(笑)。もっとも、だからこそ、自分がこの本をどのように理解したのかをハッキリさせて、他の人の読みと比較するときの役に立てば、と思います。 先入観なしに本書を読みたい方は、以下の文章は読まないで下さい。(長いですよ〜。) ●アイヨシが読んだ『狂人の太鼓』 第1パラグラフ 未開の地に降り立った一人の男(1枚目)。 オビによれば、場所はアフリカで、男は奴隷商人らしい。 それにしても、日本の漫画に慣れたアイヨシにとっては、このキャラはかなり強烈です。独特の絵です。こんな感じで書かれているキャラの表情をどこまで読み取ることができるのか?いきなり勝負どころの予感。 森の奥地で、商人は、一心不乱に太鼓を叩く黒人の原住民を発見する(2枚目)。 男は原住民を殺して(サーベルからは血が滴る)太鼓を奪う(3枚目)。 商人は、たくさんの原住民を捕まえて、自分達の船に積み込んでいく(4枚目)。船の上で満足そうに微笑む商人(5枚目)。商人は、捕まえた原住民を奴隷として競売にかけていく(6枚目)。 再び海にでる商人(7枚目)。馬車を駆り(8枚目)、町につき(9枚目)、家に帰る。手にはあの太鼓。迎えるその妻(10枚目)。たくさんのお金を見て満面の笑みを浮かべる商人と寄り添う妻。彼女の足元には小さな男の子供(本書の主人公であろう)がいる(11枚目)。窓の外から見える、岡の上にある豪邸を見る商人(12枚目)。商人はその家を買う(13枚目)。家の中のインテリアとして、原住民を殺したサーベルと一緒にあの太鼓が飾られている(14枚目)。商人とその妻は、たちまち町の注目の的となる(15枚目)。 うん、順調。ここまではオーソドックスな読みでしょう。 第2パラグラフ 窓の外を見る子供。外には旗を振ったりしている人間が数人(16枚目)。 窓の風景がにぎやかに見えたのか、あの太鼓を叩く子供。それを父である商人に見つかる(17枚目)。 問題の18枚目。商人は左手で子供の襟をつかんで引きずっている。そして、右手には短刀!おいおい、殺すのかよ。狂気の太鼓ってそういう意味か!?しかし、2枚目とは違って、短刀に血のあとはない。どういうことでしょう? たくさんの本の前にいる商人(19枚目)。本屋か?そして、子供の前に本を持ってくる(20枚目)。商人の横に座って本を読む子供。その反対には妻も座っている(21枚目)。どうやら、子供は生きているらしい。 では、あの短刀はなんだったのか?おそらく、太鼓の音に、商人は昔の自分の姿を思い起こしてしまったのだろう。それで、太鼓を叩くのをやめさせるために短刀を持ち出した。そして、子供に本を買い与えた。…少し苦しいようにも思うが、きっとそういうことなのでしょう。 サーベルを見つめる商人(22枚目)。太鼓の音で、再び血を欲するようになったのか?夜、家を出る商人(23枚目)。金も名誉も手に入れた商人に、過去の蛮行を正当化するものはもはや何もない。 家を出る馬車(24枚目)、そして海、しかし、船は沈んだ…(25枚目)。 第3パラグラフ 子供は青年になった。農業にいそしむ人々を尻目に、ひたすら本を読む(26、27枚目)。母親も、そんな息子を暖かく見守る(28枚目)。 机上の灯りに引き寄せられる蛾を見る青年(29枚目)。青年は蛾について研究し、論文を書く(30枚目)。それを皆に配る母(31枚目)。 教会で祈る母と息子。神に祈るのは商人の無事か?(32枚目) 母の許に手紙が届く(33枚目)。手紙には勲章みたいなものが同封されている(34枚目)。想像ですが、商人の死を知らせる手紙と思われます。書物に没頭する青年(35枚目)。思うに、青年にとって、短刀を突きつけてきた商人の死は、悲しみを誘うものではないのでしょう。 第4パラグラフ 十字架に磔になっているイエスを見る青年。少し大人になったか?(36枚目)酒や女に目もくれず、ただただ本を読む(37、38枚目)。 39枚目は本の絵。書かれているスフィンクスに星(六芳星)がシンメトリーに配置されている。何を意味するのか? 青年は十字架を階段に捨てる(40枚目)。41枚目は青年の顔。その背後にはスフィンクスと星の絵が飾られています。 階段を上る母(42枚目)。階段の途中には青年が捨てた十字架(43枚目)。後ろにバランスをくずす母(44枚目)。この母親の顔が何とも…。生きながら死んでるというか…髪の毛の白さが妙に印象的です。 棺桶を前に消沈する青年(45枚目)。青年は外を見る。そこには、笛(クラリネット?オーボエ?)を吹く男の姿(46枚目)。 47枚目は、笛を吹く男のアップ。一体、この男は何者?というより、何を意味しているのでしょう?それに、この顔。まるで…獅子舞みたいです。謎です。 第5パラグラフ 太陽と、その周りを回る水金地火木土星とその衛星たち(48枚目)。人のいない版画ですが、妙に迫力があります。 書物に埋もれている男。青年が大人になった姿でしょう。随分老けました(笑)。手にしている本には、星を示す記号と意味不明の数字が(49枚目)。 望遠鏡(50枚目)で彗星(51枚目)を観察し、その研究を論文にまとめた男(52枚目)。その論文は高名な学者も認めるほどのものらしいです(53枚目)。 場面変わって家の中で立っている男。何か悩んでいるように見えます(54枚目)。 花束を持って(55枚目)、いかにも良家の令嬢に結婚を申し込みます(56枚目)。男は結婚式を挙げます(57枚目)。 …おや?誰も死んでません(笑)。 第6パラグラフ いよいよ後半戦。58枚目は洗濯物を乾す妻。59枚目は、妻と二人の娘を見つめる主人公の男。幸せな家庭を築いているみたいですね。意外だ(笑)。 本を読んでいる男に帽子を差し出す妻。一緒に外出しませんか?(60枚目) しかし、次の版画(61枚目)では、妻は一人で外出しています。ものすご〜く不満そうな顔で(笑)。 そんな妻に花を贈るバイオリン弾き(62枚目)。妻は、本ばかり読んでいて自分のことを少しも見てくれない男の姿を思い浮かべ(63枚目)、そして、バイオリン弾きと一緒に駆け落ちします(64、65枚目)。 66枚目は、本を持つ男。その背後には47枚目に出てきた獅子舞顔の笛吹きの姿があります。謎の版画です。 場面変わって、67枚目は何かを断られているバイオリン弾き。おそらく、借家の交渉だと思いますが、駆け落ちしてきた日陰者に世間の風は冷たいようです。妻を抱くバイオリン弾き(68枚目)。その顔がちょっと変。どこかで見たような…、あっ、44枚目の母親の顔にどことなく似ています。とすると、これは死相? バイオリン弾きは一人になりました。後ろにある十字架は妻の死を意味しているのでしょう(69枚目)。 第7パラグラフ 本を読む少女。本の挿絵には骸骨に口づけする女の絵が(70枚目)。家族を捨ててバイオリン弾きと駆け落ちした母のことを考えているのでしょうか? 橋のたもとで物思いにふける少女(71枚目)。そこで、少女は一人の男性に出会います(72枚目)。男性は、たくさんの人にビラを配り(73枚目)、演説をしています(74枚目)。ビラには何か字が書いてあるみたいですが、そこは字のない小説、読めません。しかし、ハンマーと鎌(?)を持った黒人の絵が書かれています。おそらく、奴隷解放運動なのではないかと思います。 そのビラを、怪しい男がどこかに持っていきます(75枚目)。その先には主人公の男(老けすぎ)。怪しい男は窓の外を指差しています(76枚目)。主人公は、自分の娘と、演説している男性との仲を知っているのでしょうか? 主人公の男は、別の怪しい男に金を与えて、何か命令します(77枚目)。不穏な空気です。 少女と男性(78枚目)。男性は少女にも自らの考えを熱く語ります。そこに、主人公に何かを依頼された怪しい男の姿が(79枚目)。怪しい男は男性に話しかけるフリをしながら、男性のジャケットのポケットに何か入れます(80枚目)。そこに現れる憲兵(81枚目)。男性は逮捕されて、裁判にかけられます。裁判官の前に証拠として提出されているのは血塗られたナイフ。それは男性のジャケットに入れられたものでした。少女は男性の許にかけよろうとしますが、憲兵にとめられます(82枚目)。合議する裁判官。その背後には絞首台が(83枚目)。悲嘆に暮れる少女(84枚目)。 主人公の男は、自分の娘である少女に何か話しかけています。視線の先には、例のスフィンクスの絵が。主人公が信仰を捨てたときにあった絵です(85枚目)。父親に知識の重要性を語られたのか、少女は法律の本を読みます(86枚目)。そして、獄中の恋人に会いに行きます(87枚目)。 一方、主人公の男は、論文を執筆(88枚目)し、それを持って裁判所に向かいます(89枚目)。そこで、裁判官に何かを訴えています。男の手には自らの論文と、少女が読んでいた法律の本が(90枚目)。法廷から出る男はあくまで無表情。そして、彼に笑いかける金持ちっぽい連中(91枚目)。そして、刑が執行されました(92枚目)。悲嘆に暮れた少女は、橋から身を投げました…(93枚目)。 …このパラグラフはよく分からないところがあります。主人公の男は、自らの知識を駆使して、男性に冤罪を着せて死に追いやったわけですが、それは、単に危険思想家だったからでしょうか?それとも、娘と恋仲だったことを知った上でやったことなのでしょうか? 第8パラグラフ 天体望遠鏡とたくさんの本と主人公の男(94枚目)。すっかり禿げてしまいました(笑)。目もかなり死んでます。 腰に大きな花飾りをつけた娘が窓辺落ち込んでいます(95枚目)。おそらく、主人公のもうひとりの娘でしょう。 主人公は娘に本を読むことをすすめますが(96枚目)、娘は本を床に捨てます(97枚目)。 そして娘は外に出ます(98枚目)。そこで、いかにもな外見の男にナンパされ(99、100、101枚目)、たぶらかされて、その毒牙にかかってしまいます(102、103枚目)。 ナンパ男が身なりのいい男たちと何か話をしています(104枚目)。そして、ナンパ男は金を貰います。商談成立という雰囲気です。そして、娘の顔。表情がありません。物語にときどき出てくる死相に似ています(105枚目)。 第9パラグラフ やつれた主人公の男の顔のアップ(106枚目)。主人公の男は町に出て、見知らぬ男が指差すところへ向かいます(107枚目)。そこは、暗闇に裸の女たちのいる家(108枚目)。おそらく娼婦の宿でしょう。主人公がそこに入ろうとすると、例のナンパ男に邪魔されます(109枚目)。ナンパ男は、娘が身に付けていた大きな花飾りを渡して追い返します(110枚目)。不安と恐怖に襲われる主人公(111枚目)。 男は町をさまよいます(112枚目)。そして、おそらく、娼婦のオークションのようなものだと思いますが、その舞台に立って、花飾りを聴衆に見せます(113枚目)。大笑いする聴衆(114枚目)。絶望して頭を抱える男(115枚目)。そして、たくさんの墓の中に立って悲嘆に暮れます(116枚目)。 次の版画では、男があの太鼓を持っています。目が血走っています(117枚目)。そして、獅子舞顔の笛吹き男ともに光のさす方へ歩いていきます(118枚目)。 …以上なのですが、字のない小説を、あえて字にしてストーリーを起こすという作業、個人的にはかなり有意義だと思うのですが、端から見るとかなり興ざめで、こんな本のどこが良いのか?と思う人もいるかもしれません。 しかし、ここまで読み解くのにも結構苦労してます。全体を3回ほど読みました。分からないところはそこだけ何度も読みました。その結果がこれです。絵解きの連続作業は想像力のフル稼働が必要になります。 この本のオビには、『書物に埋もれた生活を送る男を次々に見舞う恐るべき死と災厄』とあります。しかし、アイヨシの読みでは、その災厄のほとんどは自業自得なわけで、見舞う、という感じではありません。でも、そこは字のない小説ですから、ちょっとくらい変な読みだって良いでしょう。 むしろ、思いっきり変な読みをしたかったぐらいです(笑)。そうして考えてみますと、アイヨシの読みはある程度ストーリーになっていて、それはそれで面白くないように思います。もっとぶっ飛んだ読みがしたかったような気もします(コラコラ)。 ただ、それでも分からないのは、獅子舞顔の笛吹き男と、最初と最後にでてきただけの狂人の太鼓が何を意味するのか?という点です。 笛吹き男は太鼓を叩きたいという誘惑でしょうか?笛があった方が太鼓も冴えますし(笑)。 もう一つ分からないのが、オビには確かに”120枚の木版画”とあるのに、ご覧のとおり118枚しかない点です。これは落丁か?だったら取り替えてもらいます。しかしこの本、あくまでテキストを廃除するために、普通はあるはずのページ数を表す数字がどこにもありません。そんなわけで、落丁なのか確認できないのです。こいつは大笑いです。もっとも、本編に入る前に2枚の木版画(表紙みたいなの)があるので、これを入れて120枚という意味なのでしょう。 最後に個人的な感想ですが、暗い絵に暗いストーリーがとてもマッチしていて、非常に好みです。 モノクロながらも一枚の絵に物語を託す作者の技量には、素人ながらも驚嘆です。 思えば、この本の初刊は1930年。今の日本の漫画は登場人物の表情を豊かに描いていますが、それにしても、1930年の段階ではどうだったでしょうか?そう考えると、現在でも通用するこの本、恐るべし!です。 他の絵描きさんがこういう試みに挑戦してくれれば面白そうです。この手法にはまだまだ可能性があると思います。ウォード一人に独占させるのはもったいないと思います。 |