| クィン氏の事件簿 |
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| 原題:THE MYSTERIOUS MR QUIN 作者:アガサ・クリスティ(Agatha Christie) 訳者:一ノ瀬直二 出版:創元推理文庫 装丁:カバーイラスト ひらいたかこ カバーデザイン 小倉敏夫 初出:1930 定価:563円+税 ISBN4−488−10510−6 |
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[あらすじ] サタースウェイト老人は人生の傍観者。ゴシップ好きで、目の前で展開する人生ドラマを見分け、自分の役割を心得ている男。 クィン氏は見えない人。少し人間ばなれしていますが、人間の事件、特に恋人たちに関心を持っています。そして、死者の代弁者。不思議な探偵。 著者自身が「美食家好み」と自負する、12作品を収録した傑作短編集。 アガサ・クリスティは、エルキュール・ポワロやミス・マープルといった魅力的な名探偵を創造していますが、その中で個人的に一番好きなのがハーリ・クィン氏です。 彼の名前は、英国でクリスマスと大晦日の間に行われるパントマイムの道化役者に由来します。その不思議さはではありません。どこからともなく現れ、いつともなく、何処かへと帰っていく人(比喩にあらず)。年齢不詳。異国の人ではあるけれど、どこの国の人かは分からない。その存在は、事件の謎よりはるかに不可解です。 『著者の序』で、作者は本書を「美食家好みのものだろう」と評しています。さすがはポアロの生みの親という自信家ぶりを発揮していますが(笑)、実際それだけの価値があると思います。 ポアロが灰色の脳細胞を駆使して謎に挑み、ミス・マープルが過去の人生経験から帰納的に事件を解決するのに比べて、クィン氏は"印象"や"霊感"を大事にします(多分、作者が飽きたからだと思うのですが・笑)。 それにもかかわらず、本書は一級品のミステリ作品に仕上がっており、論理性が崩壊していることはありません。むしろ、クリスティ"語り"の計算高さは、このクィン氏の一連の作品において一層の冴えを見せていると思います。 本書のワトスン役であり主人公はサタースウェイト老人です。この老人は、他人の人生ドラマを眺めてちょっかいと出すのが大好きな俗人ですが、単なるワトスン役ではありません。観察者サタースウェイト老人のあるところに事件があるからで、クィン氏とサタースウェイト老人の二人がそろってこその作品集なのです。 サタースウェイト老人の言葉を借りれば、クィン氏は触媒作用―その物自体は変化することのないある種の物質を介在させることによって達成される化学反応(p163)―です。じゃあ、サタースウェイト氏は何なのか?ですが、多分この作品集全体を通してのもっとも大きな、本当の謎だと、勝手ながら思ってます。深読みかもしれませんがそんな風に読むと楽しさ倍増で、本書はアイヨシにとってクリスティのナンバーワン作品だったりします(笑)。 個々の作品をみても多彩で飽きることがありません。事件の発生は場所も時間も多様です。なぜなら、クィン氏はどこからともなく現れるからです。過去の未解決事件の真相を解決するものもありますが、未来の事件(!)まで解決してしまう手際の見事さは、古典のくせに新しくて素敵です。 各作品の性質も、『空に描かれたしるし』『ヘレンの美貌』『死せる道化役者』みたいに、いかにも本格といった作品もあれば、『海から来た男』『世界の果て』といった、大きな意味での"謎"を扱った普通小説風味の作品もあります。恋愛をテーマにしたものが多いですが、決してそれでベタベタになってはいません。むしろサッパリしています。安心して下さい(笑)。 これらの作品についてクリスティは、『世界のはて』『海から来た男』『ハーリクィンの小道』がお気に入りの作品だと述べています。確かにこれらの作品は傑作で、特に『ハーリクィンの小道』は本書のトリとして相応しい作品です。しかし、個人的には『翼の折れた小鳥』の次の言葉が印象に残っています。 「死は誰にでも起こりうる最悪のものでしょうか?」 「いや―おそらく死は最悪のものではない……」 それは獏とした性質の魅惑だ。 (本書p326より、一部を省略して引用) パントマイムをモチーフとした幻想的な雰囲気の中で、怜悧に光る刃のように印象に残っています。この作品のレベルはそれほど高いとは思いませんが、短編集とは必ずしも傑作ぞろいである必要はありません。CDアルバムがベスト版である必要がないのと一緒です。 これらの作品は、それぞれ短編として高いレベルで独立しています。しかし、本書は必ず最初から通読しなくてはなりません。そうすることによって、クィン氏の正体とサタースウェイト老人の悲哀がおぼろげながらも見えてくる(アイヨシ的勝手な解釈)という、心憎い構成になっているからです。『著者の序』でクリスティが「総括するとハーリクィンの全体像がわかる」というのも、そうした意味だと思います。クリスティ恐るべし! ミステリ通で少々ミステリには食傷気味であるにもかかわらず本書は未読だ、という天然記念物的な羨ましい方に是非ともオススメする一冊です。 |