| アイ・アム I am. |
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| 著者 菅浩江(すが・ひろえ) 出版 祥伝社文庫 初出 2001 装丁 カバーデザイン 中原達治 定価 381円+税(消費税5%で400円) |
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[あらすじ] 特殊ラバーで覆われた腕に円柱形の胴体、その上部の透明な鉢には20代の女性の顔がホログラフで映し出される。自らが何者かも分からないまま目覚めた私は、〈ミキ〉という名前を与えられホスピス病院で介護活動を始めた。難病患者や、残された時間の少ない患者達に接していく内に、〈ミキ〉の心に動揺と共に記憶の残滓が浮かび上がってくる…。 本書は祥伝社の『400円文庫』の中の一冊です。総ページ数は154ページで、1ページの字数も少ないので、読み易くはあります。表紙に『SF』と堂々と銘打ってありますが、難解な科学理論が扱われているわけではないのでSFアレルギーの方にも安心してオススメできます。 …しかし、本書で扱われているテーマの深刻さ・救いのなさ(ある意味ハッピー・エンドともいえますが…)はかなりのものなので、安易にオススメするのも躊躇われる作品でもあります。 そう遠くない未来の日本を舞台に、想定し得る科学技術の発達にともない医療介護・ホスピス(終末医療)はどのような方向に進んでいくのか、というのが本書のSF的部分の骨子です。そうした近未来介護を担当するのが本書の主人公であるのが〈ミキ〉なのですが…ちょっとストーリーの説明が難しいです(笑)。 何しろ、本書は、短いながらも底知れぬ奥行きを持った作品で、それを可能にしているのが効果的にして巧妙な伏線で、つまり非常にデリケートな物語なのです。へたにあらすじを説明しようとするとネタばれ、もしくは嘘になってしまうのです。『アイ・アム』というタイトルも絶妙です。 ですから、ヘビーな作品ではありますが、未読の方は是非是非読んでみて下さい。 …というわけで、ここから先は誤読・ネタばれ何でもありの感想コーナーです(笑)。既読の方が対象なので未読の方はご容赦下さい。 『アイ・アム I am.』は、最初は「私は誰か」という問いの答えを暗示しているわけですが、それが、「私は何か」という問いに変わって、それから再び「私は誰か」に戻り、物語は幕を閉じます。この収束は見事の一言に尽きます。 さらに本書では、介護する側・される側という、主体と客体の立場の相対性がSF的設定によって白日のもとにさらされます。一言でいってしまえば、「明日は我が身…」ということです。しかし、基本でありながらも社会問題として介護を語るときに、介護される側より介護する側の視点から多くのことが語られように思います。それは、介護される側に「介護されている」という負い目がある故の結果として自然とそうなってしまうのでしょうが、しかし、そうしたスタンスの裏には欺瞞・偽善の香りがしてなりません。それを本書ではこれ以上ないほど直接的な表現で指摘します。読んでて正直ビックリしました。こうしたストレートな問題提起を行なうことができるということは、小説の存在意義の一つであると思います。 「じゃあ痴呆の老人はもはや人間ではないのだね。精神病の人も、昏睡患者も、新生児も、ご立派な思いやりとやらを持っている君にとっては―」 はい。本当の人間とは言えない存在だと思っています。 (本書p127より) …介護する相手に対してこんなことが言えるはずがありません。介護するときにそんなことを考えるかといえば、ほとんどの人がそんなことは考えないでしょう。日常の会話でも、こんな発言をしようものなら、ひとでなし扱いされること間違いなしです。しかし、我が身が介護される側に立つと仮定したときに、こうした問いは非常識で無意味なものでしょうか?介護されているという負い目を感じながら、人間の尊厳とやらを保ち続けることができるでしょうか。人間とは何か、生きるとは何か? 「働かざる者食うべからず」と言いますし、実際にアイヨシもその言葉を心に念じながら日々働いています(笑)。しかし、それは裏を返せばどういう意味になるのか?高齢化社会、バリアフリーといった問題の抱える闇は暗く深いと思わずにはいられません。 機械の体とヒトの体、機械の介護とヒトの介護。介護とは介護者→被介護者といった一方的なものではありません。インタラクティブなコミュニケーションです。このとき試されるのは、送信機ではなく受信機の性能なのでしょう。 さらに、物語で機械の介護とヒトの介護の仲介役となっているのが「ジミー」です。動物愛護の主張をする気はまったくないのですが、「ジミー」の存在、「ジミー」と自らの存在価値を同値のものとして認めることを〈ミキ〉が拒絶する箇所は、吐き気を感じながら読みました。 自分探しのエゴ―自分の正体を知れば限界も判る。限界を知ればどこかで上手に諦めようとする。― (本書p112より) 『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルテル著 NHK出版)を全否定するような言葉ですが(笑)、別に介護の問題に焦点をあてずとも、本書はかなり“痛い”作品だと思います。 …と、何だかわけの分からないネガティブな感想をつらつらと書いてきてしまったので、最後に蛇足ながら〈ミキ〉の本名について。私の本当の名前は何か? って、別に正解が分かったわけでもないですし、そんなものはないでしょう。ただ、最初の内は記憶喪失のままでいて欲しかった両親の狙いからして、〈ミキ〉という名前が本名だとは思えません。で、2回繰り返されるタイトルの「I am.」を反対から読んで「MAI」=〈マイ〉、私は私、というのはダメですか?(笑) オチもついた(?)ところでこの辺でお開きにしたいと思います。 |