クロイドン発12時30分
原題:THE 12:30 FROM CROYDON
著者:F・W・クロフツ(Freeman Wills Crofts)
訳者:大久保康雄
出版:創元推理文庫
装丁:カバー撮影 板橋利男
   カバーデザイン 小倉敏夫
初刊:1934
定価:800円+税

[あらすじ]
 クロイドン発パリ行きの旅客機の中で富豪アンドリュウ老人が死亡した。犯行は甥のチャールズによって行なわれたものであった。本書は倒叙形式によって、チャールズが叔父を殺害するまでの周到な準備、アリバイの用意など犯罪の過程とその心理状態を克明に描いた物語である。



 本書は『殺意』(フランシス・アイルズ著 創元推理文庫)、『伯母殺人事件』(リチャード・ハル著 創元推理文庫)と共に倒叙ミステリ三大名作と呼ばれる作品です。他の2作品と本書の違いは"事実らしさ"(中島河太郎による本書解説p461より引用)という言葉に集約することができると思います。

 まず動機です。本書の主人公(?)にして犯人であるチャールズ・スウィンバーンが財産家である叔父を殺害しようとした理由は、自らの経営する工場の経営不振を解決するためです。非常に説得力がある動機なので困ったもんです。この不況下(註:2001年11月現在)では、この設定はダメでしょう!(笑)はっきり言って笑えません。
 あとは、自分の恋する女の歓心を買うために金が必要だというもの理由ではありますが、やはり前者の動機が一番ですし、チャールズも犯行後にその辺の動機を探られないように手を打つわけですが、この動機は痛すぎます。落ち度のない従業員をクビにしなければならないチャールズの苦悩には同情を禁じえません。この辺りを読むのがつらくて、アイヨシは読むのを一時中断した程です(笑)。心理描写をあまり生真面目にやり過ぎるとミステリっぽくなくなるのが倒叙形式の難しいところですね…。

 犯行計画自体には少々疑問があります。実際の殺害方法は目新しいものではありませんが堅実なものですし、足のつきにくいものでもあります。
 ところが、もう一つの工作であるアリバイ作成が納得いかないといいますか…、いくら何でも安易なのでは?と思わずにはいられません。もっとも、実際に犯罪を行なったとしたら、こうした行動をとるのはむしろ普通なのかもしれませんが…。そうした意味でも、本書は"事実らしい"ところがあります。

 もう一つは解決のリアルっぽさです。本書は倒叙ミステリと銘打ってありますが、解決編では探偵役の出番となります。しかも、クロフツの持ちキャラであるフレンチ警部の登場です!(結局、本書は犯人役が主人公の作品ではなく"フレンチ警部シリーズ"だということがいえます…。)
 それはともかく、物語の最後の部分でフレンチ警部が真相にたどり着いた推理の過程が明らかにされるわけですが、その推理が非常に正直といいますか、物証の裏付けに乏しいものなのです。
 「警察がそれじゃマズいんじゃあ…?」とはもっともな疑問だと思いますし、特に本書のように倒叙形式で書かれている場合には犯行過程を読者は知悉しているので、探偵役の絵解きにおいてはそこで語られる真相よりも、探偵役がどうやってその真相にたどり着いたのかという点が焦点となります。ところが、本書の解決は物証に乏しいのでこの点が弱いのが難点ではあります(ただ、他の登場人物が一生懸命持ち上げている(笑)推理自体は納得いくものです)。
 このことは本書が警察小説ではなく何よりもミステリだということの表れでしょう。そうした"探偵小説の限界"(本書解説参照)という微妙な部分に触れることができる作品として、本書はなかなか味わい深い"通好み"のところがあります。

 以上のことを踏まえて、アイヨシの本書についての評価を総括しますと、倒叙形式ミステリとしては秀作ながらも、随所に見られる"事実らしさ"が本書をなかなかシブイ感じの好感が持てる作品に仕上げていると思います。

 

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