| 毒入りチョコレート事件 |
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| 原題:The Poisoned Chocolates Case 著者:アントニイ・バークリー(Anthony Berkeley) 訳者:高橋泰邦 出版:創元推理文庫 装丁:カバー画 「偶然の審判」の挿絵(G.フィッツジェラルド画) カバーデザイン 小倉敏夫 初刊:1929 定価:560円+税 |
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[あらすじ] ペンディックス卿夫妻は、その友人宛に送られてきた新製品のチョコレートを試食した。ところがその中にニトロベンゼンという毒薬が入っていたために、夫は一命をとりとめたが夫人は死亡した。警察は毒殺事件として捜査を開始するが、捜査は難航し迷宮入りの様相を呈してきた。そこで、犯罪研究家の会員である6人の犯罪研究家が事件の調査・推理を開始した…。 海外におけるミステリの古典的な大御所は誰かと問われれば、クリスティ、カー、クイーンの3人は欠かすことができないことには異論がありません。しかし個人的な思いとして、それに次ぐ偉大な存在としてアントニイ・バークリー(=フランシス・アイルズ)の名前を忘れるわけにはいきません。先の3名に比べると寡作な作家であり、作風自体に必ずしも"本格"とは言い難い作品がいくつかあるので、真っ先に名前を挙げることは憚られますが、バークリーが"本格ミステリ"というジャンルを超えて小説という表現形式に与えた影響の大きさには語り継がれるべきものがあると思います。そうした功績の割には、彼の評価・知名度は低すぎると思います。ミステリ談義において、もっと名前が挙がってしかるべき作家だと思います。 …つまり、『本格ミステリこれがベストだ!2001』(探偵小説研究会[他・著] 創元推理文庫)における創元推理文庫30選の座談会(出席者:有栖川有栖、笠井潔、北村薫)において、クイーンの作品を選ぶのに今更4ページ以上も費やしておきながら、バークリーについての言及が10行もないのはどういうことだ!ということが言いたいわけです(笑)。 (だって、有栖川有栖は「同志社推理小説研究会ベスト表」の海外版のベストで、バークリーがフランシス・アイルズ名義で書いた『殺意』(創元推理文庫)を4位に挙げているんですよ〜(有栖川有栖著 創元推理文庫『月光ゲーム』の解説p354参照)。それなのにあっさり『毒入りチョコレート事件』が代表作ということで意見がまとまってしまうなんて…ブチブチ) と、えこひいきな愚痴はこの辺にしておいて、そろそろ作品について具体的に触れることにしましょう。 本書はニトロベンゼン入りのチョコレートによる毒殺事件を巡って6人の犯罪研究家が順番に6種6様の推理を展開します。実際には警察の推理と、3人目の研究家が2通りの推理を披露するので、ミステリ特有の論理の綾を楽しむにはもってこいの作品です。 1つの作品における複数の論理の乱舞は、最近では珍しいことではありませんし、最初のミステリといわれる『モルグ街の殺人』(エドガー・アラン・ポー著 新潮文庫他)にしても探偵役とその引立て役による複数の推理が行われています。 しかし、バークリーが本書においてある人物に言わせている「その種の本(アイヨシ註:推理小説のこと)の中では、与えられたある事実からは単一の推論しか許されないらしく、しかも必ずそれが正しい推論であることになっている場合がしばしばです」(本書p272より引用)というような視点から、ミステリにおける様々な推論の可能性とそれらが交錯することによって生まれる面白さを意識して書かれたミステリとしては、本書が最初の作品にして最高傑作だと思います。そういう意味で、本書が古典的ミステリの名作であることは間違いありません。 6人の犯罪研究家が主張する推理は、物的証拠の重視するか心理的証拠(=動機)を重視するか、帰納法か演繹法か、という二つの要素をどのように推理において重要視するかという基準で整理することができます。そうした分析は6人目の犯罪研究家が本書の最後の方で一覧表にしてまとめてくれますが、ここまで読み進めば読者の論理的欲求が充足されることは請け合いです。 それぞれの推理もかなり質の高いものです。 最初に提示される警察の推理と1人目と2人目の推理は、"ワトソン役"が見え見えです。 しかし、この物語の面白さは3人目の推理からです。この3人目の推理は面白いです。実に見事なものです。3人目は2通りの推理を披露するのですが、1つ目が最高です。こういう結論を出すことは他のミステリ小説でもかなりの高確率で可能なのではないでしょうか? …ネタばれしないようにしているので何を言っているのか分かってもらえないかも知れませんが、ホントに面白いのです。論理的に爆笑ものです(笑)。この推理(オチ)の切れ味は相当なもので、この個所で本書が終わったとしても物語は十分に成立します。 以後、4人目、5人目と推理が披露されていきますが、知らず知らずの内に物語に緊張感が生まれてきます。本書はユーモアのあるシニカルな視点で描かれているので、最初の内は苦笑交じりに読んでいましたが、ここまで来ると真相が気になって仕方がありません。 そして、最後の犯罪研究家の推理によって推理合戦は収束しますが、実に鮮やかなものです。それまでにいくつもの推論を展開させておきながら、なお結末において鮮やかなラストを温存しておくことのできる物語の構成力には脱帽です。1つの事件について複数の立論の可能性を示しつつも、そのくせ最後には決定的ともいえる真相を用意しているんですから恐れ入ります。折り重なる推論の隙間をかいくぐるように伏線も巧妙に張られていますし、読後の満足感は喩え様がありません。文句なしの傑作です。 というわけで、本書はミステリというジャンルに興味のある方にとっては読むことが義務となる古典的名作ではありますが、そうした歴史的な意義など関係なしに面白い一冊です。コテコテの本格ミステリ小説ですが、あえてジャンルの枠に関係なく全ての読書好きにオススメする一冊です。 |