| 衣装戸棚の女 |
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| 原題:THE WOMAN IN THE WARDROBE 作者:ピーター・アントニイ(Peter Antony) 訳者:永井淳 出版:創元推理文庫 装丁:カバーイラスト ニコラス・ベントリー カバーデザイン 矢島高光 初刊:1951 定価:480円+税 ISBN4−488−29901−6 |
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[あらすじ] 小さな田舎町アムネスティに住む名探偵ヴェリディは早朝に奇妙な光景を目撃する。ホテル二階の窓から男が出てきたかと思うと、隣の部屋へと窓から忍び込んでいくのだ。不審に思ったヴェリディがホテルの支配人に知らせに行くと、二階から不審人物本人が駆け下りてきた。人が殺されている、警察を呼んでくれ!と叫びながら。急いで問題の部屋に駆けつけてみるとドアには鍵がかけられていて、中には衣装戸棚に押し込められた女と、射殺死体があった…。 一発屋という言葉を広辞苑で引いてみますと、「普段は目立った働きがないが、時に大きな仕事をする人。また、堅実ではなく、大きな事だけをねらう人」とされています。が、一般的には、華々しくデビューしたはいいが、後が続かずに消えていく人という意味で使われていると思います。特にテレビに出演する芸能人や歌手にこうした人がときどき現れます(笑)。アイヨシも一発屋とは後者の意味で考えていましたが、こうして辞書で引いてみますと、後者の意味としての一発屋はどうやら誤用のようです。 それはともかく、『衣装戸棚の女』の著者ピーター・アントニイは、ミステリ界(※注)では後者の意味での一発屋です。ただ、よく言われることですが、ミステリのファンならば1つや2つくらいミステリのネタを思いついても不思議じゃありません。そして、そうした思い付きを本にしてみようという心情はとてもよく理解できます(笑)。だから、別に一発屋でもいいと思います。それに、一発屋と呼ばれるためには、一瞬とはいえ、他の作品よりも抜きん出た輝きを放つことが必要です。 ※ 注 ミステリ界ではともかく、ピーター・アントニイの名前は映画や劇作に詳しい人にとっては『一発屋』などとはとても言えない人物でしょう。なぜなら、ピーター・アントニイとはアントニイ・シェーファー(ヒッチコック映画『フレンジー』の脚本を担当)とピーター・シェーファー(映画『アマデウス』の原作者)という双子がミステリ執筆の際に用いた合作ペンネームだからです(本書巻末の久坂恭の解説参照)。 アイヨシは正直なところ映画にはあまり詳しくはないのですが、『アマデウス』は見たことがあります。ホントにすごい双子ですね…。 もっとも、『バカミスの世界』(小山正とバカミステリーズ・編 ビー・エス・ピー)p192によれば、本書はピーターが単独で書いたもので、合作で書いたのは次作以降からということのようですが、次作は知りません(笑)。 そして、『衣装戸棚の女』は間違いなく輝いています。発表から50年以上経った今でも光っています。この作品で用いられているトリックは真似がしにくく、発展性も乏しいものです。言ってしまえば早い者勝ちというべき、ぶっ飛んだトリックを使っています。これはかなりのミステリファンでも真相を見抜くのは難しいでしょう。まさに一発芸です。 この作品のパロディを書くのも不可能です。なぜならこの作品自体がパロディだからです。何と言っても、副題が「陽気な探偵小説」ですから…。平たくいえば、ユーモア小説ですが、このユーモアが、事件の発生から名探偵が解決において衝(笑?)撃的な真相を明らかにするまでの本書における一連の流れの中で、何ともいえない軽妙かつ絶妙なテンポ・リズムを生み出しています。 もっとも、それだけの傑作トリックが使われているにもかかわらず、本書はときに「人物の書き込みが甘い」とか、「もう少し洗練されれば傑作になったのに…。」といった声が少なからずあがったりするので、トリックの割には知名度や評価はそれほど高いものではありません。ただ、人物の描き込みという点については、ニコラス・ベントリーが書いた登場人物ごとのイラストがあるので問題ありません(こうした珍しい趣向もたまには良いものです)。特に、主人公である名探偵ヴェリディは、アイヨシが『名探偵とはこういうものだ!』として抱いているイメージにまさにピッタリの、良くも悪くも典型的な名探偵です。 それに、アイヨシは本書のような物語の流れは嫌いではありません。というより、個人的にはそうした物語の流れの悪さが逆に真相の衝撃をより際立ったものにしていると思うからです。こういう作品を読むと、突然ミステリのネタが思い浮かんだら、「書いてみようかな…」という勇気が沸いてくるような気がします(笑)。 とにかく、本書はそのトリックが秀逸です。密室トリックの専門家ロバート・エイディーは本書を「戦後最高の密室ミステリ」と評しているとのことです(孫引きです。申し訳ありません…)し、ミステリ初心者にはオススメできませんが、ちょっとミステリに詳しくなったという人には強力にプッシュします。ミステリって楽しいな…と思える一冊です。 [微妙にネタばれな追記(慎重にお読み下さい。)] 上記のように、本書で使われているトリックは使い捨ての一発ネタであることは間違いないと思いますが、このネタをコンパクトかつ洗練されたアレンジで用いた作品がありますので、ちょこっと紹介しておきたいと思います。 『GOSICK−ゴシック−』(桜庭一樹/富士見ミステリー文庫)がそれです。 えっ? ネタばれしちゃいましたか? これはもう天災だと思って諦めて下さい(コラコラ)。 このトリック、『衣装戸棚の女』では故意ならざる結果、言いようのない皮肉に満ちたものとして成立しましたが、『GOSICK』では、故意に形成された極めて巧妙なものとして成立しています。この対比はなかなか面白いです。 こんな書き方をしてしまいますと、『衣装戸棚の女』のみならず『GOSICK』のネタばれにもなっちゃってるようにも思えますが、『GOSICK』の場合、このトリックは物語の最初の方で探偵役の推理力を引き立たせるためのちょっとしたトリックいう扱いで、メイントリックはその後に控えていますので、ネタばれの心配はあまりないと思います。 それにしても、このレベルのトリックが”つかみ”として使われるんですから、贅沢な世の中になったもんです…。 で、『GOSICK』がどんな話かといいますと、第1次世界大戦後のヨーロッパの小国を舞台に、日本からの留学生久城一弥がひねくれたお嬢様ヴィクトリカと一緒に、孤立した船内で起こった過去に起きた事件を彷彿とさせる殺人事件の発生に巻き込まれ、それを解決するという内容です。 マリーセレスト号の逸話をモチーフにしたと思われる筋立てがまずあって、それに逆見立て殺人、つまり、普通は先にマザーグースなどの見立てがあって、それに基づいて事件が発生するのですが、『GOSICK』の場合は先に事件の真相を突き止めた上で、その事件のベースとなった見立て=過去の事件の真相が明らかになるという、三つの層をもった物語となっています。 「混沌の欠片を再構成する」という探偵役の決り文句がキザで少々しゃくにさわりますが(それを言ったらほとんどの探偵役がお終い)、それを差し引いてもオススメできる一冊です。あとがきの「狛犬泥棒」話は必読です(笑)。 GOSICK−ゴシック− 著者:桜庭一樹(さくらば・かずき) 出版:富士見ミステリー文庫 初刊:2003 装丁:イラスト 武田日向 定価:600円+税 ISBN4−8291−6229−5 |