| 砂漠の惑星 | |
| 原題:NIEZWYCIEZONY 作者:スタニスワフ・レム(Stanislaw Lem) 訳者:飯田規和 出版:ハヤカワ文庫 装丁:カバー 東芳純 初刊:1964 定価:505円+税 (※スタニスワフ・レムはポーランドの作家なので、原題及び作者の英語表記は不正確なものです。予めご了承下さい。) |
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[あらすじ] 6年前に消息を絶った宇宙巡洋艦コンドル号の捜索のために砂漠の惑星レギス・Vに降り立った『無敵号』とその乗組員はコンドル号を発見するが、乗員は全滅していた。しかも奇妙なことにコンドル号には攻撃を加えられた形跡はなく、しかも、乗員は食料が豊富に残っていたにもかかわらず餓死しているなど不可解な状況で死亡していた。一体何があったのか…? 困惑する無敵号の乗員に不気味な黒雲が迫る…。 ロシア語の原題は“無敵”という意味です。“砂漠の惑星”という邦題はおそらくこの作品が映画化されたときの題名との関係で名付けられたのでしょうが、個人的には“無敵”の方が良いと思います。なぜなら、本書の主題はまさに『無敵とは何か?』ということだからです。 本書は『ソラリスの陽のもとに』、『エデン[→fukkan.com]』と並んで、作者レムが「未知のもの」との出会いをテーマにした3部作の一つです。ストーリーも未知の惑星に降り立った無敵号の乗員が未知の怪異に遭遇するという、シンプルといいますか、そのまんまのものです(笑)。 本書で無敵号の乗員が遭遇する怪異とは自己増殖する小型の機械です。こいつらは単体ではたいした能力を持ってはいないのですが、いくつかの集合体になることで磁場によって自由に飛行することができたり、さらには組織的な攻撃的行動を行うことができるようになります。“彼ら”のそうした攻撃は恐るべきもので、強力な磁場によって人間の記憶を奪うことによって廃人同然にしてしまったり、さらには無敵号最強の自走兵器“キュクロペス”すらも乗っ取ってしまいます。まさに“無敵”です。 サイバネティクス機械のそうした脅威はユーモアSF短編集『白鹿亭綺譚[→fukkan.com]』(A・C・クラーク著 ハヤカワ文庫)所収の『隣の人は何する人ぞ』に出てくる白ありを彷彿とさせます。それによれば、「白ありは個々の存在としては、まったく知能というものをもっていないも同然なんですよ。しかし、集団全体としては、非常に高度な有機的組織体なんです」(『白鹿亭綺譚』p143より)ということで、砂漠の惑星の機械と非常に似た性質を持っています。しかし、『白鹿亭綺譚』にはユーモアがありますが、『砂漠の惑星』には冗談の通じる余地はありません(笑)。 本書の中盤までは、サイバネティクス機械と人間の科学力・超兵器との攻防が中心として描かれ、その際のSF的仮説は斬新にして奔放でありつつも理論的なものであり、その意味でSF作品として一級品であることは間違いありません。 しかし、それだけでは本書の魅力を十分に伝えたことにはなりません。『新・SFハンドブック[→Amazon]』(早川書房編集部編 ハヤカワ文庫)の中で上遠野浩平が本書を「文学としてもチェホフの『決闘』並のベストに近い」と評し、また、作者であるレムが「私にしてみれば、これは文学作品だと思いたい。文学作品であるからには、問題はまず第一に人間であり、しかもこの場合、私がもはや科学の手段によってではなく、文学の手段によって訴えたかったのは、人間がどんなに強力な技術的手段を採用したところで、それらの原子やサイバネティクスの機械だけでは不充分となるような状況が発生しうるものであり、ロボットや機械では歯が立たない現象に対して、人間がみずから立ち向かって行かざるをえないような状況がありうるということである」(本書あとがきp275より引用)と述べているように、本書は人間を描くことを本質とした作品なのです。 [追記] ちなみに、2006年に本書は新装版で復刊されましたが、それには上遠野浩平が解説を書いています。 通常のSF作品のパターンを少々乱暴に分析してみますと、そのSF作品独自の設定のもとにストーリーが展開され、主人公達がその設定の“ツボ”にはまることによって窮地に陥るわけですが、最終的にはその設定からある程度理論的に窮地からの脱出方法(いわゆる“どんでん返し”)が導き出されてハッピーエンドを迎えるというものです(こうしてみますとミステリとも共通する部分あるような気もします……)。 そして、その設定がファンタスティックであればあるほど読者としては幻想的な雰囲気を満喫することができますし、論理的であればあるほど知的刺激に酔うことができます。そして、そして“どんでん返し”が鮮やかであればあるほど読後感は爽快にして感動の物語になるわけです(笑)。 しかし、本書の場合にはその“どんでん返し”がありません。ないことが“どんでん返し”とでもいえばよいのでしょうか?とにかくないのです。 だからといって本書が凡作なのかといえばそんなことはありません。むしろ大傑作なのです。本書において登場人物につきつけられる信じられない現実、いわば悪夢というべき状況において、通常のSF作品であればそこに説明がなされることによって悪夢が現実にシフトします。しかし、本書の主人公であるロハンは悪夢のような状況そのものを何とかしなければならなくなります。機械との死闘の果てに迎える敗北をさらに乗り越えるのは知識や技術ではなく、“意地”や“誇り”とでもいうべきものでしょうか。科学技術が比べものにならないほど進歩した未来世界を舞台にしているにもかかわらず、そこで行われていることは原始から我々が行っている未知のものへ抱く恐怖との戦いであり、そこでの心理的葛藤は人間の心そのものです。(この葛藤部分の書き方がホントに凄いです!)そこで問われる真の“無敵”の意味……。 誤解がないようにしたいのですが、本書は決して精神論を述べているわけではありません。むしろ行動論です。しかし、とにかくレムのSFは奥が深い! シンプルにして重厚で深淵な傑作SF文学作品といえるでしょう。 |