| ソラリスの陽のもとに |
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| 原題:SOLARIS 作者:スタニスワフ・レム(Stanislaw Lem) 訳者:飯田規和 出版:ハヤカワ文庫 装丁:カバーイラスト 稲蔭正彦 カバーデザイン 小倉敏夫 初刊:1961 定価:640円+税 (※スタニスワフ・レムはポーランドの作家なので、原題及び作者の英語表記は不正確なものです。予めご了承下さい。) |
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[あらすじ] 赤と青の二つの太陽の周りをまわる惑星ソラリス。計算上ではどちらかの惑星に衝突してしまうはずなのに、ソラリスはその予測を裏切って安定した軌道を描いている。観測・研究の結果、惑星の表面のほとんどを占める海が惑星の軌道をコントロールしていることが明らかになった。ソラリスの海は生きているのだ。しかし、だとしてもそれは一体どのような生命体なのか?高度な知的生命体か?それとも重力操作能力を持つただの大きなゼリーか? ソラリスが発見されてから100年あまりが経過した。心理学者クリス・ケルビンはソラリスの空に浮かぶ研究ステーションに降り立つが、そこにいるはずの先任研究者のうちある者は不可解な死を遂げ、生きている者もケルビンには理解できない行動をとる。そうするうちに、ケルビン自身の身にも理解できない現象が襲いかかる…。 スタニスワフ・レムはSFに少しでも詳しい人にとってはまさに巨匠と呼ぶのがふさわしい作家だと思います。が、それ以外の人にとっては「誰それ?」という作家です。現代のようにミステリ全盛の時代では苦しいものがあります。 これは大変嘆かわしいことです。本書『ソラリスの陽のもとに』は早川書房編集部編『新・SFハンドブック』(ハヤカワ文庫)のオールタイム・ベスト(SFマガジン1998年1月号で発表されたプロの作家・評論家、読者によるSF作品の人気投票)で3位に挙げられている作品です。これは『ハイペリオン』(ダン・シモンズ著 ハヤカワ文庫)や『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス著 早川書房)を押さえての堂々のランク・インです。 ちなみに、1位は『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン著 ハヤカワ文庫)2位は『火星年代記』(レイ・ブラッドベリ著 ハヤカワ文庫)です。納得いかないな〜。本書は1位でしょう(笑)。 しかし、本書はジャンルの枠を超えた名作です。例えばミステリ作家の綾辻行人だって素晴らしかったSFとして本書を挙げているし(綾辻行人著・講談社文庫『アヤツジ・ユキト 1987−1995』p240参照)、ホラー作家の倉阪鬼一郎は『新・SFハンドブック』内(同書p136参照)で本書を「私の感覚ではホラー」としつつナンバーワンのSF作品として挙げてます。文庫の表紙の絵だった幻想的で素晴らしいですし(だから、書店で見かけたらとりあえず手にとりましょう!)、アイヨシにとっても『センス・オブ・ワンダーとはこれだ!』ということを強烈に思い知らされた非常に重要な作品なのです。なんといっても海そのものが生物だなんて、とんでもなくぶっ飛んだ発想には脱帽です(笑)。まさにSFです。 …これだけプッシュしておけば十分でしょうか?このコーナーは一応『書評』ということになっているので、宣伝のしすぎはJAROに怒られてしまいます(笑)。ま、残念ながらマイナーな作家・作品なので、この程度のアピールは笑って許して下さい。 でも、ホントに凄い作品なのです。 あらすじのあと、物語は次のような感じで展開していきます。 宇宙ステーションに降り立ってみれば、3人の先任研究者の内一人は泥酔していて、一人は一歩も部屋から出ようとしない。そして所長のギバリャンはケルビンが到着する数時間前に精神異常をきたして洋服ダンスの中で自殺していた。 ステーションの中には研究者の他には誰もいないはずなのに落ち着かない視線を感じる。と思ったら、いるはずのない黒人女性が姿を現す。その女性は廊下を歩いていたかと思えば、ギバリャンの死体が保存されている冷凍室で体温を保ったまま眠っていたりする。 自分はおかしくなってしまったのか?自分の正気に疑問を抱いたケルビンは自らに心理テストを行うことによって自らの正気を確認する。それでは、ここでは一体何が起きているというのだ! 混乱するケルビンの前に死んだはずの恋人ハリーが現れる。嘘だ!ハリーは彼の言葉に傷ついて自殺したはずだ!ここにいるのはハリーじゃない!ケルビンは彼女の姿をしたものを宇宙に打ち上げるが、彼女は何事もなかったかのように再びケルビンの前に現れる…。 ステーション内に現れる存在するはずのない〈お客〉は、ソラリスの海が人間の記憶から再構成したものらしいが、だとしたら、一体なぜそんなことをするのか? なぜ?理由が存在するのか?それが存在するとしても、果たして人間がそれを理解することができるのか? アイヨシは本書を読んでる内に、『ウルトラQ』(古い!)を思い出してしまいました。ところで、あれってSFでしょうか?どちらかといえば、幼心には怖かった印象が強いのですが…。 本書はそんな恐怖心を思い出させてくれました。とにかく、この〈お客〉が怖いんですよ。外見は女性なのに、いざとなればとんでもない怪力を発揮したりして、そのうち感情はきちんと持っていたりするので始末におえません(笑)。そして〈お客〉が迎える悲劇的な結末…。これは確かに一級品のホラー小説でもあります。 ソラリスという惑星の神秘についての物語ではあるのですが、そのうちに問題は外宇宙ではなく内宇宙、つまり人間の理解力・想像力が問われてくるのです。 人は同じ人間同士ですら理解できないのに、『海』というとんでもない怪物を理解しようとします。何でも理解できると思うことは驕りでしょう。しかし、理解することを放棄することは正しいのでしょうか?そもそも、「理解する」とはどういうことなのか?そうした人間の認識論を本書はギリギリまで、極限まで問い詰めます。でも分からない…。作者は安直なハッピー・エンドに逃げるようなことはしません。 ラストで味会うことになる読後感は死ぬまで忘れないでしょう(大げさ)。 本書は、『砂漠の惑星』(ハヤカワ文庫)と『エデン』(ハヤカワ文庫。ただし、品切れ重版未定。ハヤカワ許すまじ!)という、「未知のものとの出会い」をテーマにした3部作を構成しています。 本書においてレムは「未知のもの」をどのように扱っているのか。それには本書の訳者あとがき(p313以下)でレム自身がロシア語版のまえがきとして書いたものがあります。全文を引用するには長すぎるので、一部のみ引用します。 (ただし、名文なので、できれば全文を読むことをオススメします。) 現在、われわれ人間は遠い宇宙に飛び立とうとしている。人間が惑星の理性的存在と出会うようになるのはいつかということはまだわからないが、しかし、いつかはかならず出会うであろう。 SFは、ことにアメリカのSFは、この問題についても非常に多くの作品を生み出していて、そこにはすでに、他の惑星の理性的存在との接触のありうべき可能性について三つの紋切型ができあがっている。その三つの型を要約して言えば、相共にか、われわれがかれらに勝つか、かれらがわれわれに勝つか、という定式になる。 〈中略〉 私はこの問題をもっと広い立場から解明したいと思った。そのことは、ある特殊な文明を具体的に示すことよりはむしろ、「未知のもの」をそのもの自体として示すことのほうが私にとって重要であったことを意味する。 〈中略〉 その「未知のもの」との出会いは、人間に対して、一連の認識的、哲学的、心理学的、倫理的性格の問題を提起するに違いない。その問題を、暴力によって、たとえば、未知の惑星を爆破するというような方法によって解決することは無意味である。 〈中略〉 『ソラリス』は星の世界を目指す人類と未知の現象との出会いのモデルケース(私は精密科学の用語を使っている)である。私はこの作品によって、宇宙には思いがけないことが待っていること、全てを予見し、前もって計算に入れておくことは不可能であること、星の世界の「菓子」の味は実際にそれをかじってみること以外に知る方法がないことを語りたかったのである。 本書はまさにそうしたレムの試みが成功した物語です。読者は本書を通じて「未知のもの」に翻弄され、混乱し、呆気にとられることでしょう。それでも、最後まで謎のまま残るソラリスの海。でも、読み終わってみれば、最後まで分かり合えなかったにもかかわらず、何かが分かった気がします。 そして、逆にそれまで「既知のもの」だったものが分からなくなります。 それに、主人公ケルビンのもがいて悩んで苦しむ心理の描写が最高です(笑)。SFというと、とかく壮大なスケールで物語が展開することが多いですが(それはそれで良いものですが)、本書は「未知のもの」に相対した一人の人間の苦悩をみっちりと丹念に描いた物語です。そうした意味では内向的で粘着質な物語といえるでしょう(笑)。 そんなわけで、本書の奥の深さは底知れないものがあります。SFの中のSFとでも言うべき最高傑作作品です。オススメです。 |