| 「疑惑」は晴れようとも 松本サリン事件の犯人とされた私 | |
| 著者:河野義行 出版:文春文庫 装丁:カバー 斎藤深雪 写真 中日新聞社提供 初刊:1995 定価:495円+税 |
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[あらすじ] 周知の冤罪事件である「松本サリン事件」。本書は、その被害者である河野義行とその家族の、無実が証明されるまでの9ヶ月間の警察やマスコミ、社会との苦闘の記録である。 日本の警察は優秀である。なぜなら、有罪率が限りなく100%に近いからである。このような論法をときどき耳にすることがありますが、これは眉唾ものです。なぜなら、有罪率は起訴された事件の中でどれだけ有罪となったかを表す数字であり、その中には「松本サリン事件」のように、さんざん犯人扱いした挙げ句に逮捕しなかった事件というのは含まれないからです。おまけに、一旦起訴されて無罪判決を受ければ、法律によって国から補償を受けることができますが、このような場合には補償の対象にはなりません。被害は甚大です。なんとかならないのでしょうか。警察の捜査には誤りがなかったといいますが、疑われた側としてはそんなことは知ったことではないでしょう。 当たり前ですが警察官だって人の子です。ですから当然過ちは犯すわけで、無実の人にあらぬ疑いをかけることだってあり得るわけです。そうした場合に、長期にわたる取調などによって生じた損害に対して補償が全くなされないというのは納得がいきません。そうした補償が全くないのに、一方で警察の捜査に協力するのは善良な市民の義務だ、などというのはフェアではないと思います。日常においてルールを守った生活をしていても、そのルールの被害者になることがあり得るということは、現在の日本の警察官・マスコミの刑事事件への対応を見ていると、強調しても無駄ではないと思います。 だいたい、確かに犯罪事件の解決は大事ですし、そのために事件と本来は関係ない人までも捜査に巻き込まれてしまうことがあることも理解できます。被害者の保護、社会的責任の追求、真実発見の必要性など、警察捜査の重要性については論を待たないところではあります。しかし、冤罪はつまるところ無能の産物であると言わざるを得ません。現代法において「疑わしきは罰せず」は基本中の基本であるところ、無実の人に疑いをかけて犯人扱いするなどとんでもない話です。もしアイヨシが冤罪の被害者となり、その後で無罪が明らかになったという場合には、警察官には『申し訳ないことをした』ではなく『私たちは無能でした』と誤ってもらいたいと思います。プロなんですから。 本書においても警察官の「ではどうすればよかったのか・・・」などという警察官の悩みも語られています。しかし、一般市民からしてみれば、そんなことは知ったことではありません。冤罪には言い訳の余地はありません。それでも、人のやることですから間違いはあります。「松本サリン事件」の場合には、幸いにも文句のつけようのない真犯人が挙がることによって著者の無罪は決定的なものになりました。だったらさっさと謝れ!と読んでてイライラしてきます。警察のメンツか何か知りませんが、何様のつもりだ、と思います。 (ただし、本書において河野義行氏も述べていますが、松本サリン事件の現在の容疑者も、裁判が終わらないうちはあくまで容疑者であり、犯人と決め付けることは現行の法・憲法の主義に反します。) 余談ですが、『私』という個人の不確かさ・不連続性というものに比べ、国家に代表される組織(特に権力を持つ組織)の連続性にはときどき目を見張ります。ホントに懲りないというか、反省を知らないといいますか・・・。ただ、この『連続性』に身を委ねることが、愛国心を強調する人は好きなのかな?と根拠薄弱なことを思ったりします。 本書は、冤罪の被害者となった筆者が実際に経験したことを中心に、筆者のみならずその家族・弁護士が体験した苦悩の記録です。冤罪事件の被害者は通常身体・精神だけでなく社会的にも甚大な被害(一度有罪という疑いを受けたことによる偏見)をこうむり、また、通常情報伝達機関として一番大きい声を持つマスコミが加害者であることから、その被害を社会に訴えるということが難しいのが現状です。実際、本書を読んで冤罪事件が被害者に与える被害というものは程度も態様も様々で、その対処たるや経済的にも精神的にも相当なものです。そうした中で、筆者の事例はレア・ケースと言えるものであり、傾聴する価値の極めて高いものだと思います。本書は冤罪被害に対応するための一種のマニュアルです。 そして、上記のような状況の中でサリンの後遺症と闘いながら、意識不明となった妻と家族を守りつつ自らの無実を主張した筆者の苦境における心の強さには感服します。本書は、現在の社会のシステムでは、冤罪に対抗するためには結局のところ被害者本人の資質に頼るところが大きいという現実を浮き彫りにしています。我が身に起きたらと思うと背筋が寒くなります…。 |