自白の心理学
著者:浜田寿美男
出版:岩波新書
装丁:カバー 半七印刷
初刊:2001
定価:700円+税

 この書評コーナーは、主としてミステリ作品の紹介が多いですが、ミステリの登場人物はいずれも正確な記憶力と、それに伴う明快な証言を行い、それによってストーリーは無用な問題に直面することなく、スマートに展開していきます。(ミステリの登場人物における異常な記憶力の具体例としては、由良三郎著『ミステリーを科学したら』(文春文庫)p72以下、「記憶の良すぎる証人たち」が詳しいです。)

 それ自体は別に悪いことではありません。物語には、それが作者の意図するものであるか読者が発見したものかは別として、テーマあるいは主題というものがあり、ミステリの場合には、謎→伏線→解決という一連の流れに沿うことが通常、優先するものですから、不正確な記憶・証言は不正確なものであると断りを入れておかないとフェアではないことになります。そして、そのような断りを入れることは結局のところ読者に分かりやすいヒントとなってしまうことから、それを伏線、あるいはレッドへリングとして活用するためにはかなりの筆力が要求されるのです。
 そんなわけで、ミステリの登場人物たちの証言は原則として100%信頼できるものですが、現実には当然そうはいきません。『何の変哲もない殺人事件』というものがあるとしても、警察は証言を集めますが、人の記憶はあいまいなもので、一般に知られている以上にあてになりません。そこで、捜査機関は証言を裏付ける客観的な物的証拠をかき集めて犯罪を立証していくのです。そして、物的な証拠を挙げることができなければ証言の正確性も疑問視され、その証言に基づいた仮説が仮にあったとしても、その説は妥当性を欠くことになります。

 ところが、現実には冤罪事件がいくつも発生しています。
 冤罪というと一般人には縁のないように思われるかもしれませんが、現実には決してそんなことはないと思います。冤罪事件は『法』を遵守している人間が『法』によって人権を著しく侵害されるものです。その危険性は法を遵守することの大切さと等価値的に語られてしかるべきだと思います。その点、今の日本の教育は偏っていると思わざるをえません。それもそのはずで、『校則』という武器によって生徒の生活を指導する立場にある教師が、法律を守っていても安心できません、などと教えることを期待することには無理があるのかも知れません。この心配がアイヨシの偏見・杞憂であればよいのですが…。

 それはともかく、冤罪の原因は何なのか?本書は冤罪の発生する原因を、主として被疑者の自白という観点から取り上げています。すなわち、ある事件について犯人の疑いをかけられて被疑者が冤罪の犠牲者となる過程には、全く身に覚えがないにも関わらず検察側のストーリーに沿った嘘の自白をしてしまうということが多いです。なぜ嘘の自白をしてしまうのか?また、冤罪事件における嘘のストーリーは、客観的には嘘である誤った証言に基づいて組み立てられます。ここで、証言の嘘という問題も出てきます。このように、冤罪には嘘がつきものなのですが、では、ここでいう『うそ』とはどのようなものなのか?
 本書は第一章『なぜ不利なうそをつくのか』、第二章『うそに落ちていく心理』で、こうした『うそ』の問題を究明しています。ここで、特にアイヨシの印象に残っているのは、自白することの不利益と否認をつづけることの不利益をはかりにかけるというイメージで自白の問題をみようとするときひそむ錯覚という部分(本書p101〜102)です。ここでは、たとえ嘘の自白によって死刑になるおそれがあるとしても、人は現在を生きているのであり、現在の苦痛を免れるために遠い将来の危険を受け入れてしまうことがあるというように、心理学的見地から嘘の自白が発生するプロセスを検討しています。

 第三章では『犯行ストーリーを展開していく心理』と題して説教的な取調べの問題点と無罪の人間が犯人となっていく過程が取り上げられています。
 第四章では『自白調書を読み解く』実際にあった事件の調書を具体的に検討することによって自白の真偽の見抜き方を検討しています。
 ちなみに、本書においては全ての章で具体的な事件・判例をベースに具体的に分かりやすい検討がなされています。そのうち第一章〜第三章では無罪であることがはっきりとしているのですが、第四章では裁判では有罪とされている事例について、その自白の信憑性に疑問を投げかけています。

 以上のように、本書は冤罪事件について、心理学的見地から主として冤罪の犠牲者である被疑者の心理を中心に検討がなされていますが、本書の内容は決して難しいものではなく、具体的事件を基に丁寧かつ簡潔に自分に不利な嘘をつく過程が検証されています。そこで扱われている事件は殺人という極めて重大な犯罪から、窃盗やわいせつ事件のような比較的軽微なものまで取り扱っており、冤罪事件が身近なものあるということが考えさせられます。このように、本書は冤罪事件という法治国家において避けることのできない問題を考える上で、非常に参考となる本だと思います。

 もっとも、冤罪事件の問題点というのは被疑者の心の問題のみならず、社会問題としての側面、中でも警察とマスコミの問題としての側面もあり、その点も極めて重大な問題です。
 そうした問題について冤罪の犠牲者となった本人が語っている本として、『疑惑は晴れようとも』(河野義行著・文春文庫)『松本サリン事件報道の罪と罰』(河野義行・浅野健一著・講談社文庫)があります。河野義行氏は言わずと知れた『松本サリン事件』で警察・マスコミに犯人扱いされた人ですが、冤罪事件というのはたとえ疑惑が晴れたとしても精神的・社会的に重大なダメージをうけるためにその被害の証言は極めて貴重なものと言えます。


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