ビロードの悪魔
原題:THE DEVIL IN VELVET
著者:ジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr)
訳者:吉田誠一
出版:ハヤカワ文庫
装丁:山田維史
初刊:1951
定価:699円+税
絶版本を投票で復刊!
絶版になっちゃいました。復刊へのご協力をお願いします。
→復刊しました! めでたしめでたし。

[あらすじ]
 58歳の歴史学教授のニコラスは、三百年前の毒殺事件の真相に興味を抱き、悪魔と契約を結んで時間を遡り、28歳のニック卿に乗り移った。当時の風習・生活習慣に戸惑いつつも、ニコラスは着実に貴族としての生活になじんでいき、毒殺事件の発生を防ぎ歴史を変えようと奮闘する。ニック卿の妻にしてニコラスの愛するリディアの命を救うために。
 しかし、ニコラスは時の権力者チャールズ2世とシャフツベリー卿との政争に巻き込まれ、悪魔とは魂を賭けた戦いを強いられる…。



 クリスティ・クイーン・カーのミステリ三巨頭の中で、長編小説を一番数多く書いているのはカーです。そんなカーの長編作品群の中に、『ニューゲイトの花嫁[→fukkan.com]』(ハヤカワ文庫)や『引き潮の魔女[→fukkan.com]』(ハヤカワ文庫)といった、歴史を題材にしたものがいくつかあります。
 本書『ビロードの悪魔』はそうした作品群の一つで、17世紀のチャールズ2世の支配する英国が舞台です。ただ、単にその時代を舞台とした作品ではありません。あらすじでも書いたように、主人公であるニコラスは20世紀の大学教授です。しかし、300年前貴族の執事が書いた手記に記された殺人事件に興味を持ち、その真相が隠されていることに知的欲求をおおいに刺激され、ついには悪魔と契約を結んでその時代にタイムスリップして、殺人を阻止することまで決意してしまうのです。大学教授なんだからもう少し大きな野望を持ってタイムスリップすれば良いのに……とも思いますが、そんなことを気にしてはいけません。それは大事の前の小事です。とにかく、ひたすらに、この物語は面白いのです。

 悪魔との契約といえば一筋縄ではいかないことで有名で、悪魔は魂と引き換えに契約者の願いを叶えるのですが、魂を貰いつつ皮肉な結末を用意して、それを嘲笑うという二重の喜びを得ることを得意としています。何て腹黒い(笑)。
 もちろん、そうしたことはニコラスも承知のことなので、契約に際し、悪魔に対して条件を提示します。すなわち、自分を過去に実在した貴族・ニック卿として過去に転送し、偶発的事故や生命の危機といった状況を作らずニック卿の生涯を変えないこと、肉体的にニック卿となっても精神はニコラスとしての知識・経験を維持することを提示します。
 それに対して悪魔は、ニコラス教授が怒りの境地にあるときに、10分間だけニック卿が体の支配を取り戻すということで妥協して、二人の契約は合意に達します。
 精神活動も肉体組織の一部である脳の活動の所産であるわけですから、二人の間で交わされた合意は面白いものだと思います。ただ、最初の内はニコラスとニックの戦いは読みにくく感じますが……。
 そんなわけで、ニコラス卿の魂は300年前のニック卿の肉体に転送され、しかもそこでニック卿の魂と戦いながら(すなわち、怒りに身を委ねることを禁じつつ)生活を送ることになります。こうした設定は、タイムスリップのための設定というだけの意味を持つのではなく、結末において明らかになる毒殺事件の真相にも深く関わってきます。なんといっても稀代のミステリ作家・カーの作品ですから。

 そうして、貴族として生活をしていくニコラスですが、最初の内はニック卿が知っていて当然のことを知らなかったりして苦労しますが、歴史教授ということもあってすぐに周囲の状況を理解し、自らのライフスタイルを確立していきます。
 そうすると、ニコラスの周りにはやりたいことがいっぱいです。20世紀のニコラス教授は58歳独身ですが、ニック卿は28歳で剣の達人で健康な貴族なので、おまけに妻は美人なので楽しい生活が送れます。さらには、ニック卿が囲っていた女がからみ、恋愛模様はドタバタ模様です(笑)。
 また、ニコラスは歴史教授なので、ついつい歴史を変えようと欲を出し、未来の知識をひけらかして周囲を混乱させてしまうこともあります。ニコラスはもはや20世紀に戻る気がない(と言うより戻れない)ので、いわゆるタイム・パラドックスが問題となることはありませんが、歴史を変えることができるか、という歴史教授ならではの行動は起こしてしまいます。そこが、悪魔にとっては”旨味”なのですが……。
 さらには、17世紀の王室派(チャールズ2世)と農民派(シャフツベリー卿)との政争、宗教問題にも巻き込まれてしまいます。ニコラスは王党びいきなので農民派のシャフツベリー卿と対立してしまいますが、そうした政治的な知の戦いも本書のみどころです。
 もっとも、アイヨシは歴史、とりわけ西洋の歴史に疎いのでこのあたりの事情はあまりよく分からないのですが……。そうした方は、本書のp537以降の『好事家のための覚書』と、本書の解説を書いている山口雅也が作った年表を先に読んでおくと、物語の内容に触れることなく、その時代を少しは知ることができます。ただし、このときくれぐれも本書の最後のページを見てしまうことのないように注意してください(笑)。

 また、本書は手に汗握る冒険活劇として実に充実した内容を持ってます。普段のカーのミステリ小説では、酔っ払った挙句のチャンバラ・シーンがあったりしますが、そうしたお笑いシーンとは格が違います。作者であるカー自らがフェンシングの達人であることが存分に生かされており、剣戟シーンの描写は実に見事です。なかでも、ニコラス(ニック卿)とその家の家人合わせて6人で60名の暴徒と戦う”ペルメルの戦い”は本書の剣戟シーンの白眉で、迫力満点です。

 以上のように、読みどころがたくさんある本書ですが、それでもやはりアイヨシはミステリ的興味が優先してしまいます。そうした読み方をしても、本書は実に素晴らしいのです。
 上述したように殺人事件の真相は過去への転送・悪魔との契約と極めて巧妙に結びついていて、しかも、その真相は合理的かつ驚愕という上質というミステリ・ファンにはたまらないものになっています。これだけでも本書は優れたミステリ作品として語り継がれる価値を持っているといえます。
 しかし、この鮮やかな真相を支えているのはそうしたプロットの見事さもさることながら、被害者でありニック卿の妻であるリディアの心理描写があってこそだと思います。全ての真相が明らかになったとき、ホロリとしました。彼女の心の動きがあるからこそ、本書の真相は読者の胸に訴えるものがあるのだと、少なくともアイヨシは思います。(だからこそ、アイヨシには本書の最後のページは少し気に入らないのですが……。)

 とかく、カーを語るときには”不可能趣味””密室の帝王”といったパスラーとしての側面が強調されがちですが、本書はカーのストーリーテイラーとしての側面がいかんなく発揮された作品です。”SF怪奇恋愛冒険歴史ミステリ”とでも言うべき本書は、まさに豪華絢爛でぜいたくな一品です。


書評TOPページへ