| 最後の女 | |
| 原題:THE LAST WOMAN IN HIS LIFE 作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen) 訳者:青田勝(あおた・かつ) 初刊:1970 出版:ハヤカワ文庫 装丁:カバー 北園克衛 定価:600円+税 ISBN4−15−070103−2 |
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[あらすじ] クイーン父子は、偶然出会ったエラリイの友人である大富豪ジョニーの招きにより、休暇をライツヴィルにある彼の別荘で過ごすことになった。 しかし、そこではジョニーと3人の前妻とが、遺言書の書き換えを巡り、弁護士のマーシュを交えての激しい話し合いが行なわれていた。 事件の気配を感じたエラリイは情報収集を開始するが、しかし、その甲斐なく殺人事件が発生してしまう。果たして犯人は? そしてエラリイが聞いた被害者の最期の言葉「ホーム」の意味は? 〔Caution!! ネタばれ注意。特に本作は私的に衝撃度MAXでした。未読の方で以下の文章を読むのは大損だと思います。〕 「ぼくはどうしても、不公平な富の分配には馴れにくいんでね」 「不公平な頭脳の分配のほうは、どうしてくれる?」 (p15より) いやあ、白状しますと、最初に真相を知ったときには笑ってしまいました。「これってバカミス?」って思いました。それまでの展開は何だったんだ。 「衣類を盗んだのはなぜか?」というロジックは、『スペイン岬の秘密』で問題提起済みですが、そこでは考えられる理由として五類型が挙げられています。で、私はそのとき「変態じゃないのか?」と思いましたが、それをスッカリ忘れていました。覚えていれば真相を難なく看破…… で き る か ! いや、犯人を予想するのは簡単なんですよ。クイーンの作品では、弁護士を疑えばだいたい犯人だったりしますし(コラコラ)、登場人物的にも他に怪しい奴がいないので、目星をつけるのは簡単です。 しかし、ダイイング・メッセージの意味も分からなければ動機も不明。一体これは何なんだ? と思ったらこれですよ。ビックリしました。 ダイイング・メッセージの解釈については、作中でも論理的にいろいろエラリイが説明しておりまして、それなりに感心しました。しかし、難しいことは抜きにして(笑)、これほど直球ど真中のメッセージは例がないのではないでしょうか? おそらく原文(英語)だともっと分かり易いんでしょう。 こんなメッセージを残した理由として、エラリイはいろいろ言っていますが、そんな難しい理由(他の人物たちに疑いが残らないように工夫した)じゃなくて、単純に驚いて言わずにはいられなかったからではないでしょうか? 私的にはそれで十分に納得できるメッセージです。 考えてみれば、今でこそ、世間一般の人が抱いているイメージとは異なる性観念を持たざるを得ない性倒錯者(と作中では呼んでいますが、実際のところどう呼べば良いのかは謎。厳密にいえばデリケートな問題なので…)が少なからず存在し、その人が抱えるイメージも様々だということが世間に広く認知されています(よね?)。ジェンダーの問題は、とても解決しているとは言い難いですが、問題意識自体は広く共有されていると思いますし、社会もそれなりに柔軟に対応できていると思います。 同姓婚が認められている国も、フランスのパクス法などいくつかあります。宗教上のタブーがない国で多いようです。 日本でも、2003年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が成立しました。これは、精神医学上「性同一性障害者」とされる人のうち、一定の要件を満たす場合にはその人の請求によって民法などの法令上の性別の取扱いを将来に向けて(過去は変えられません)変更することを認めた法律です。これによって、例えば、生物学上(染色体で判断します)男性であっても、この法律によって法律上の性を女性に変更し、(生物学上の)男性と結婚することが可能となりました。 しかし、本書が発表されたのは1970年です。当時の世相は分かりませんが、しかし、かなり日陰者であったろうことは想像がつきます。 こうしたテーマについて、トリックとして必要だったとはいえ単に「変態」の一言で片付けず、犯人の口から自らの性癖、その原因となったと考えられる事柄についてとうとうと語らせます。 「世間の人たちがぼくたちを化け物みたいに見なくなるといいんだがな――われわれに、まともなプライバシーを与えて、偏見なしに、生まれついたとおりの生活をさせてくれたら、こんなことは起こらなかったろう」(p254)なんて、ちょっとホロリとさせられました。 タイトルも何となく意味深だし、実は意外とお気に入りの一冊だったりします(笑)。 |