| 盤面の敵 | |
| 原題:THE PLAYER ON THE OTHER SIDE 作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen) 訳者:青田勝(あおた・かつ) 初刊:1963 出版:ハヤカワ文庫 装丁:カバー 北園克衛 定価:780円+税 ISBN4−15−070107−5 |
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[あらすじ] 四つの城と中央に庭という奇妙なヨーク館で殺人事件が発生した。富豪の遺産相続権を持つ甥のロバートが何者かに殺害されたのだが、彼には犯行を予告するかのようなカードが予め送られていた。 奇妙なカードから連続殺人の予感を察知したエラリイは、次なる悲劇を防ぐために犯人の次の手を読もうと頭脳戦を開始する……。 〔Caution!! ネタばれ注意〕 「つまりほくは、ある種の犯罪人が存在したから、ぼくというものが存在したと思うんです。ぼくがぼくのしたことをやったのは、彼が彼のしたことをしたからなんですよ。彼は――」エラリイは言葉をさぐるようにして、「彼は、盤の向う側でゲームをしている相手方なんです」 (p89より) ※本書の合作問題についてはこちらに簡単にまとめてあります。 タイトルからは、駒と駒を使ってのボードゲームめいた頭脳戦、つまり、背後から他人を駒のように操る真犯人とエラリイとの戦い、という図式が単純ながら予想されます。 しかしそれだと、今までのクイーンの作品群を振り返りますと「今更?」って感じなんですよね。 だから、「いったいどんな作品なんだろう?」と興味津々だったのですが、まさかこうくるとは……。 いや、現代では決してめずらしいオチではありません。むしろ陳腐といえるでしょう。しかし、当時としてはかなり斬新なものといえるでしょう。 実際、文中では「複重人格」(p364)という聞きなれない言葉が使われています。いまなら「二重人格」もしくは「多重人格」といったところでしょうが、こうした不自然な訳がなされているのも、当時の日本ではこうした症例が一般的でなかった証拠といえるでしょう。 クイーンの作品(特に中期以降)には、実行犯の背後に黒幕がいて、こいつが嘘の手掛りをまいたりするのがあったりするのですが、本書もそういうパターンに見えます。ですから、本書の場合でも、「真犯人は誰だ?」と一生懸命に実行犯の外延を探っていくわけですが、実は…というわけなので、クイーンの作品をたくさん読んでる人ほどひっかかりやすく、かつ、楽しめるのが本書だと思います。 で、結局、どの辺が『盤面の敵』なのか? ということですが、私には本書の「ウォルト」と「Y」の関係が、戦場における兵士と国家の関係にダブって見えました。 「Y」が手紙に書いている「ウォルト」の長所は優秀な兵士の条件のように見えますし、また、個人的な目的はなく、ただ「Y」への信頼のために人を殺す「ウォルト」はまさに兵士です。 結局エラリイたちは殺人の動機を明らかにすることができませんが、兵士に殺人の動機を訪ねるのは愚問でしょう。では、その背後にある国家に問い掛けても、やはり愚問に終わるでしょう。 そんなわけで、私はこの作品をかなりシビアな作品だと受けとりました。別に本書に国家とか兵士とか言葉が出てくるわけではないので、あくまで勝手な”読み”ですが……。 もうひとつ考えたのが殺人行為とその他の行為間の人格の断絶です。 確かに、本書のようなケースはあり得ないでしょう。しかし、「ついカッとなって……」などというような衝動的殺人の場合、そこには二重人格とはいえませんが、しかし、本当に瞬間的ですが人格の断絶があるといえるのではないでしょうか。 そして、その行為後において事件の背景・動機を明らかにするときに、そのカッとなった瞬間はほとんど問題にはされません。「衝動的」の一言で済まされてしまいます。代わりにその前後の事情を通じて動機を理解し、それによって情状を酌量し、量刑を決定するわけです。 こうしたときに、やはり殺人を犯した人格ではなく、より支配的な人格について殺人を問題とし、処罰しているのではないでしょうか。そのことを本書では述べているのではないか……というのは自分でも深読みし過ぎな気がしてきました(笑)。とにかく、かなり面白かったです。 ほかにも、執筆に苦悩しているエラリイが、その理由として科学捜査の発展によって不思議がなくなってしまったと嘆き、にもかかわらず事件解決にあたっては最新科学を導入している点なんかも面白かったですし、とにかく、新しいミステリを書こうとする作者クイーンの姿には頭が下がる思いです。 |