緋文字
原題:THE SCARLET LETTER
作者:ナサニエル・ホーソーン(Nathaniel Hawthorne)
訳者:鈴木重吉(すずき・じゅうきち)
初刊:1850
出版:新潮文庫
装丁:カバー 前川直
定価:438円+税
ISBN4−10−204001−3

[あらすじ]
 戒律の厳しい清教徒の町ボストンの牢獄前広場でさらし台に立たされている女があった。私生児を生み、嬰児とともに公衆の面前に恥辱の身をさらされたうえ、”姦淫”を意味する緋色のAの字を一生服に付けることを言いわたされる……。
 自己の愛情のみに真実を見、きびしい迫害と孤独の生活に耐えるヘスタの姿を描いて、人間性の問題を象徴的に浮かび上がらせた心理小説。
(本書背表紙を引用)
 


 ひもじ〜い

 わー。ごめんなさい。真っ先に思いついてしまったのでつい……。
 ただ、奥付を見てみると、『ひもんじ』とルビが振ってありました。だから、駄洒落としては「肥満児」とかの方が合格かも(←黙れ)。

 本書は英米文学の超代表的作品なので、とてもじゃないですが滅多なことはいえません。
 ただ、上記のあらすじによれば、緋色のAは”姦淫”を表すA、つまりAdultyということになりますが、しかし、実際のところ本文中のどこにも、Aの本当の意味と、緋色の理由について触れている文章はありません。
 ……そりゃもう再読しましたよ。こういうの気になるので(笑)。しまいにはネットで確認したくらいです。
 あとから、「Angel」とか「Able」という意味が重ねられていきますが、これはあくまで後付けです。

 まあ、へスタが立たされている理由が姦通したことにあるのは間違いないのですから、AdultyのAであることは自明なのでしょうが、別の意味にとらえたくもなるというものです。だからこそ、クイーンも本書をモチーフにしてミステリを書こうと思ったのではないでしょうか(ホントのところは知りません)。
 こんな風に、「Adulty」から「Angel」や「Able」というように意味が変化していく過程は、無神論者のアイヨシでも、処女懐胎したマリアが聖母と呼ばれる過程と重ねていってしまいたくもなろうものですが、あんまり適当なことを言って怒られたくないので、早々に撤退しときます(笑)。

 それにしても、相手の男の名前を言わないから晒す、っていうのは、正直よく分からない感覚です。夫が騒ぎ立てているわけでもないのに(この夫が本書ではかなりいい味を醸し出してます)。
 まあ、確かにこうした姦通事件の場合に、一般的に男は逃げようと思えば逃げられるだけに追求したくなる気持ちは分からないでもないですが……。

 しかし、出産を強いられるヘスタは言い逃れができないだけに緋文字を付けられてしまいますが、そのせいで却って充足していくというのは、精神的一病息災と言いますか、自らを罪のない人間だと思い込む必要がなくなったためでしょうか。その反面、牧師の方は自業自得と言えばそれまでですが、自分の首を真綿で絞めるような状況になってしまうわけで、皮肉ですが面白いところです。

 ……滅多なことはいえないとかいいながら結構語ってしまいました(笑)。
 英米文学のことなんてこれっぽっちも知らないのですが、それでもこれだけ言いたくなるというのは、やっぱり傑作とされるだけのことはあると思います。


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