帝王死す
原題:THE KING IS DEAD
作者:エラリイ・クイーン(Ellery Queen)
訳者:大庭忠男(おおば・ただお)
初刊:1952
出版:ハヤカワ文庫
装丁:カバー 北園克衛
定価:620円+税
ISBN4−15−070113−X

[あらすじ]
 第二次世界大戦時に機密島を買い取り、そこを拠点に一大軍事産業を築き上げた怪物キング・ベンディゴの許に脅迫状が届けられた。
 真相調査のためにクイーン父子はニューヨークから拉致されるが、島独自の秩序と雰囲気にとまどいながらもエラリイは犯人を突き止めるために策を講じる。
 しかし、その甲斐空しく、父子の想定外の不可解密室事件が発生する。
 エラリイは事件の謎を解決することができるのか?


〔Caution!! ネタばれ注意〕

あんたにとって人間とは何なのか? あんたは商品――金属や、化学製品や、船舶を扱う。あんたにとって人間は労働時間であり、作業能率にすぎないんだ。あんたが彼らに住宅をあたえるのは道具を家にいれるのと同じ理由だ。彼らのために病院を建ててやるのは機械の修理工場をつくるのと同じ理由だ。彼らの子供たちを学校へやるのは研究所を維持するのと同じ理由だ。この島のすべての人間は監視されている――働いているときも、眠っているときも、愛し合っているときもだ! あんたにつかまった者がけっして逃げ出せないということを私が知らないとでも思っているのか?
(p154より。長い引用でスミマセン)


 拉致されて目隠しされて、連れられた先は自由も民主主義もない独裁軍事国家で、極秘裏に原子物理学を研究してたり、カメラの持ち込みは禁止だったり、裁判は独裁者キングが自ら行なってたり……。

 一体どこの国の話ですか?(笑)

 まるでどっかの北の国家みたいです。しかし、もちろん執筆時期から考えてそんははずはないのですが、それだけ、作者クイーンが独裁国家を書く上で押さえておくべきポイントをしっかり把握していたということがいえると思います。

 そうした政治的・経済的にスケールの大きな権力劇と、兄弟間の愛憎劇との接点が一つの部屋に集束されてるのが本書の読みどころです。その昔、「人間が書けてない」と批判されたミステリ的手法ですが、本書に出てくるペンディゴ兄弟みたいに秘密がつきものの権力者を書く場合には、その「書けてない」というのが長所として作用しているように思います。

 本書はクイーンには珍しい密室殺人です。
 しかも、離島にある独裁国家の中の、最も警戒が厳しい一室という二重の密室となっています。
 もっとも、密室という観点から考えますと、『チャイナ・オレンジの秘密』の密室のときもそうでしたが、一番怪しい人が犯人という、当たり前と言えば当たり前な感じです。だいたい、被害者の他にもう一人室内にいたことが最初から明らかなのですから、厳密な意味での”密室”とはいえないでしょう。
 しかし、だから本書のトリックが不出来なのか? となりますとそうではないです。本書は、”凶器の消失”という観点から考えれば、この大胆なアイデアとファンタジックな効果は特筆ものでしょう。
 もっとも、拳銃の隠し場所というトリックは『アメリカ銃の秘密』で、拳銃の入れ替えは『靴に棲む老婆』で実践済みなので、本作は両者の融合ともいえますが、その結果として密室めいた効果が得られているわけで、見事に成功してると思います。

 ケイン、ジュダ、エーベルの三兄弟の人間関係の背後にあるものを探す鍵がエラリイお気に入りの町であるライツヴィル(巻末にある解説の言葉を借りれば、「人間性の深層に目をむけたドラマの世界」)に用意されていて、それでエラリイがライツヴィルを訪れることになるのは出来過ぎといえば出来過ぎでしょう。しかし、そこには、この三人の人間関係を厚みのあるしっかりしたものにしたかったという作者クイーンの意図を読みとることができます。

 こうして見ますと、本書は独裁国家を舞台にした異色作ではありますが、読みどころの多い作品だと思います。


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